山鉾

宍喰祇園祭の宵宮は16日の夜8時30分に花火がはじまる。その前に是非見て欲しいことがある。連結して辻に停められた山鉾を舞台にして能が上演されるのだ。といっても謡と囃しだけで舞はない。したがって先槍、八つ橋、獅子舞を舞う者は謡で参加し、大山鉾に座る。長笛などの囃し方は後部の小山鉾に座ることになる。暗くなっていてよく見えないが、見のがして欲しくない瞬間だ。

祇園さんの本宮の日、15時30分頃から山鉾を久保の者が辻から八阪神社に向かって曳くことになっている。距離にして数百mであるが、17時までゆるゆると時間をかけて行われる。この間、だんじり、関船は宍喰の町中をくまなく巡っている。ルートは決まっている。宍喰の祇園祭はこの2系統があるのが独特だと思う。金幣中を筆頭に、商人中、鷲住中、そして関船の順番だ。9月の八幡神社秋祭りの際は順番が逆になる。
祇園祭の重層的な構造について考えると、次のように思える。もともと鷲住王を祀る神社が平安期に宍喰が荘園になったことから、京文化の影響を受け八阪神社となった。祭りは久保を中心とし祇園さんの山鉾があったが、江戸期にだんじり、関船が加わったのだろう。それは八幡神社で使われていただんじり、関船が転用されたのかも知れない。実際、八阪神社の境内に匿われるのは、金幣中のだんじりだけで、残りは八幡神社に倉庫がある。

さて曳き手は歌舞伎役者のように化粧を施し、衣服は長襦袢である。戦後、物資が不足した時期があり、仕方なく女性の長襦袢を使った。それから大里八幡神社のように法被か飛ばしにしようとしたが、年配の方から「伝統を変えることはならぬ」という意見を頂戴し今に至っている。能を上演する時は雲霞の如く居たアマチュアカメラマンもこの時は居ない。不思議なものだ。

祇園祭は7月16,17日に行われるため、平日になることが多い。土日に重なれば、小松島の港祭りの影響を受けること必至である。そういうことから、見に来られる方は限られるため、知られてないこと、ニュースやネットにも流れないことがかなりあるように思う。

