杭ノ瀬独学舎

廃校を拠点にした陶芸家

奈佐 和彦
Aug 8, 2017 · 4 min read

戦国期、長曽我部氏の侵攻により、阿波と土佐の国境が変わった。土佐にとって天然の良港、甲浦を領有することが戦略上有利だったのだろう。その結果、野根川上流域だけが阿波国、徳島県に留まってしまった。集落でいうと久尾、船津となり、かつてこの境に杭ノ瀬(くいのせ)小学校があった。校舎は今は使われなくなって久しいが、縁あって陶芸家の家族が移り住み、杭ノ瀬独学舎と名付けた。

杭瀬小学校統合記念碑

陶芸家は東京出身で梅田純一という。権威とは縁のない生き方を志し、若かりし頃、徒歩で日本一周の旅に出た。宍喰を訪れその風景に魅せられた。1972.12.11のことだ。道すがら日和佐の山中、星越で一宿の世話になり、酒を酌み交わし、夢を語った相手が星野広幸さんだ。「家族を得て、この仕事で、やっていけるようになったら、ここへ戻る」、「その時は住む所を見つける」と男の約束をかわした。20年の歳月が流れ1993年、彼は琵琶湖畔の安曇川から宍喰へやって来た。星野さんから始まり、人から人への善意の輪がつながり、この山あいの廃校舎に落ち着くこととなった。以来、開発という言葉には縁がありそうにない野根川のせせらぎを枕に、ひたすら作陶に励む暮らしをしている。

夜桜壁面組絵皿

さらに20年、2012年ウメさんに転機が訪れる。まず作品集「起・こぼれうめ」の出版。そして8月一杯、海陽町の阿波海南文化村海陽町立博物館で陶磁展を開催したのだ。それは直径30cmほどの陶磁器の皿100枚に絵を描いたあと並べ、一枚の絵に仕立て上げるという壮大な作品だ。「夜桜壁面組絵皿」。高さ3.5m、巾7.2mの巨大な壁画のような陶磁器の群れが博物館のホールに出現した。このときには親交のあるドナルド・キーン氏も海陽町に駆けつけ、展示会の成功とウメさんとの再会を祝った。

沖縄県平和祈念資料館での展示
千羽鶴飛翔壁面組絵皿

これに続き、翌年の2013.6.23–11.20は沖縄県平和祈念資料館で展示を催行した。2作目は「千羽鶴飛翔壁面組絵皿」だ。戦争が行われた沖縄の会場であるからこそ、平和をテーマとした作品が相応しい。

翌々年の2014.11.1–11、今度は広島市指定重要文化財旧日本銀行で「蝶飛翔壁面組絵皿」が披露された。今度のテーマは愛で一対の蝶が描かれている。平和の次は愛だ。

次は2018.2.6~12まで、金沢21世紀美術館で4m×26mの壁面にこの3面を展示することになっている。

メダル

それでもウメさんの一番有名な作品は別にある。毎年宍喰の子供達が小学校を卒業するとき、ウメさんが心を込めてプレゼントする陶器のメダルだ。真ん中には「野根川」と「梅」そして「百合の昼」の文字が刻まれている。「百合の昼」といえば、彼とキーン氏が寄贈し、宍喰図書館の入口に飾られている陶板がある。土佐二十三士をモチーフとして23本の姥百合を描き、キーン氏が俳句が添えている。

陶板

行く夏や 別れを惜しむ 百合の昼

それは杭之瀬独学舎の卒業証書なのだろう。そして子供達が鷲住王の血を引き継ぐことを示す証なのだ。


梅田純一HP

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ああ鷲住の血をうけて

奈佐 和彦

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スピリチュアルな島、四国の中でも取り分け人の手が及んでないエリアといえる四国の東南部。そこに暮らす人々の営みや自然の移ろいを追っています。

ああ鷲住の血をうけて

太平洋の陽の光 八坂の森に照り映えて 希望あふれるこの山河 ああ鷲住の血をうけて

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