鈴ヶ峰

Suzugamine

鈴ヶ峰

鈴ヶ峰の麓には6世紀に造られたという宍喰古墳があり、宍喰の総氏神である八阪神社も元は岡の山にあったという。山頂近くの円通寺は弘法大師開山と聞く。9世紀初めのことだ。そういうわけで鈴ヶ峰の歴史は古く、古墳や神社の裏山にあたるため、宍喰の方にとっては霊山ともいうべき存在で、非常に関わりが深いのだろう。

一ヶ所、円通寺真言宗也。鈴峯山の別当寺の内。北城山(祇園城)より戊亥(西北)の方にあたり、高山古跡、霊場で、今年まで百八十年余に成る也。弘法大師の御開山地。円通寺は鈴峯大門の下脇に有り。【円頓寺旧記】(1550)

観音堂

弘法大師が御開山の後、約450年が過ぎた応安3年(1370)のこと、性公、法妙上人が観音堂を建立した。海部郡誌に在りし日の円通寺観音堂の写真が掲載されている。現在と比べて欲しい。

現在の円通寺跡

観音堂の謂れ

観音堂建立には伝説がある。簡単に要約すると、櫛川の猟師五郎兵衛が鈴の音に惹かれてやってきた鈴ヶ峰の岩屋に観音像を見つけたという話だ。ここに五郎兵衛は出家し法妙上人となり、性公上人と協力して観音堂を建立したのだ。

五郎兵衛が櫛川に住んでいることから鈴ヶ峰に櫛川から人が来ていたことがわかる。後で説明する鈴ヶ峰観音道の存在がこれを裏付けている。そして「観音道」というネーミングも同じだろう。

岩窟

三尊石
境内を左手に進むと三つの大きな岩で囲われた岩窟がある。これを三尊石と呼び、五輪塔が置かれている。
観音像の岩蔭
道に沿って登っていくと、壊れかけた祠がある。そこには五郎兵衛の墓と言われる五輪塔が置かれている。さらに進むと岩蔭があり、ここで五郎兵衛が観音像を発見したと言われている。【海部郡誌 笠井高三郎 p456 翻案】

飲料水

円通寺は戦後間もない頃まで人が住んでいたという。県境の喫茶店でここから子供が学校に通っていたという話を聞いた。山の上となるとまず水の確保が重要になる。水源は峰の反対側に水が湧き出ており谷で集めていた跡が確認される。

ヤッコソウ

ヤッコソウのあるあたり

鈴ヶ峰に登る遊歩道を行くとカシの大木があるあたりにヤッコソウの説明を施した立札がある。11月上旬になると道沿いをつぶさに観察するとヤッコソウが見られる。地面に生えているさまは実に微笑ましい。時期を外すと黒く変色するので、早めに行かれることをお勧めしたい。

鈴ヶ峰観音道

言い伝えから想像できる鈴ヶ峰と櫛川の交流を裏付ける道は、鈴ヶ峰観音道と言われる。鈴ヶ峰を越えて尾根伝いに母川上流域の集落である櫛川まで辿り着く。山道はちょうど西敷川に降りてくる。7kmくらいあるかなり長い道のりだが、4時間もあれば到着できるだろう。

この道は櫛川の方が観音堂をお詣りに来たり、祇園祭を見物するために使われていたという。祇園さんの前には出役で草刈りが行われていたらしい。

*詳しくは「かいふのほそみち」の「鈴ヶ峰観音道」をご覧いただきたい。

見晴らし

円通寺観音堂跡を右手にいくと、尾根に乗るポイントがある。向こう側にいくと櫛川まで通じる観音道だが、尾根に沿って右に行くルートがある。四国の道の遊歩道になっているので、こちらがわかりやすく、メインルートに見える。行き先は三角点が設置されている展望所だ。ベンチもあり広場になっている。お昼をここでいただくのもよいだろう。

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