「ブレードランナーとわたし」

最初にオリジナル版『ブレードランナー』(1982)を観たのは確か高校に入ってすぐの頃。

実家のリビングにあった映画を片っ端から観ていたわたしにとって、本作が一際特別な作品だったことは云うまでも無い。

ディストピア的、反理想的な混濁した世界を、雨と、「漢字」というオリエンタルな幻想に観客を誘わずにはおかないアジアン・シニフィアンによって表現している。SF作品とは必ずしも、ビームや光線ばかりが飛び交うものばかりではない(作中では異星での激しい戦闘シーンが口頭によって説明されているが映像では表現されていない)ことは「画期的」と云う他ない。

清潔で管理の行き届いた未来都市を描いた作品は、ある時期から訴求力を持たなくなったのも、この作品の影響が少なくないのかもしれない。


『ブレードランナー2049』は10/27からの公開だ。35年の時を経て公開される続編は、これから32年後の未来を描き出す。

1作目はマニアたちの間で、数パターンあるバージョンを巡って論争となった。極めて重要なシーンがバージョンによってカットされていることもあり、解釈論争は混迷を極めた。

ご存知の方も多いように、本作は当時、興行成績としては大失敗だったらしい。映画『E.T.』と重なったこともその敗因の1つなのかもしれない。だが、そのあと、わたしたち「子孫」がこの映画を偏愛するまでになった。

ラストシーンにも数パターンあり、ハッピーエンド風に終わるものと、想像力を掻き立てるような意味深長なラストがある。いずれにせよ、そうしたあらゆるプロットの可能性全てを含めて、この映画のことが好きなんだろうと思う。

公開初日の13時過ぎからのチケットは予約済みだ。数年ぶりに友人と映画を観に行く。いつも独りだが、今回は友人宅でよくブレードランナーを観たこともあったため、一緒にお供させてもらうこととした。

最低限の批評性もなく、単調で盛り上がりに欠ける文章にやはりなってしまったが、心はソワソワしっぱなしだ。観る前の公開中の映画にワクワクするのは初めてかもしれない。いつもそこそこの期待を携えて行くし、映画館で観るものはかなり吟味した作品しか行かない。基本的に付き合いで映画館に行ったりもしないし、付き合わされたこともない。

映画体験を誰かと分かち合える、この広い世界でちゃんと公開初日に観に行くことを良しとしてくれる、こんな変わった作品なのに良しとしてくれる友人がいる僥倖を覚えつつ楽しんできたい。そしてまた何度も映画館に通って再視聴、再々視聴していきたい。

2017/10/26

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