「トークさえうまくいかないふやけた愛」

Ryunosuke Honda
おさけmediated夜話
3 min readJun 8, 2019

悲しいことが起きないようにと、毎日願っていても悲しみはやってくる。下世話で説教くさくて言葉遊びでしかない格言にすらならない言葉だが、本当のことだ。いつもそうだ。

生きるのが途方もなく難しいことのように見え始め、自分を痛めつけたくなって、現実から逃げたくて、お酒を飲んだ。どうせ酔うのだと分かっていたから安い缶ビールと酎ハイを買ってきて、納豆とキムチを混ぜて食べる。それでも足りなくなって、家に置いてあるカティーサークを入れて、ハーブティーみたいにあおる。グダグタになったところで電話がかかってきて街に出ることにした。ひとりでいたい気分だったけど、可愛い女の子と一緒にいるからと云われたから覚束ない足下で向かう。案の定、話は噛み合わず、ずっとカウンターの瓶ビールを眺めてるばかりで、話しかけられても上の空だった。

どうして、人生はこんなにタフなんだろうか。気がついたらそればかり考えてしまう。

次の瞬間は家の前だった。玄関の前に座り込んで、弱い雨音を聞いていた。寒くなって家に入ろうとポケットを探るが鍵が見つからない。なるほど鍵がないから外に座ってるわけか。玄関のドアを叩く。自分しか住んでない家の前で、開けてくれと訴えかける。窓の鍵を閉め忘れていたら入れると思いドアを力一杯引っ張っても動かなかった。

仕方がないから、すっかり明るくなった外を歩く。この街のどこかに鍵を落としたんだろう。悲しいことが多すぎて、鍵をなくしたことも、あてもなく朝の街を二日酔いで関節痛の身体を引きずって歩くのも、どうだってよかった。どうにでもなれ、勝手にしやがれ、そんな気分だ。

脚の長い女の子を連れたオヤジが朝の屋台通りを通っていくのが見えた。自分の家からすらも締め出された哀れな男は、朝の飲み屋街の風景に溶け出し、まるで声を失ったみたいだ。世界から外されたみたいだ。世界に向け叫んでも声は届かない。

行く場所もなく徒労感をどこに委ねればいいのか分からず、ラブホテルに行くことにした。

無人のフロントでキーを取るとキーボックスの301の文字が暗くなった。

どれだけ時間経っただろうか。外界と隔絶されていたから、外がどんな天気なのかもわからなかった。退室時間がやってくる前に荷物をまとめて出なければ。そして鍵屋に電話しなければ。

予想通り、外は曇っていた。この街は晴れの日が多いから気づかなかったけど、曇りがこの街にはよく合う。そして今の自分にもちょうどいい。近くの川の水草が流れに合わせてゆらゆらしている。

食欲もない。すき家があるが今口にできるのはしじみ汁くらいだ。牛丼はあまりにも重い。小銭を数えようと右ポケットを探ると鍵が出てきた。その時、イヤフォーンから流れていたのは、この曲の途中だった。

2019/06/08

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Ryunosuke Honda
おさけmediated夜話

「道」のつく日本唯一の地域に移住。蓴菜、オクラ甲乙付けがたし。 対面でお話する時、ポテチ成分談義の話題がお好き。