「【前後編シリーズ】わたしを特徴づける2つのモノ/コトの起源 前編」
だけれども、それらは私にとって欠かせないものなのだ...
きょうの夕方、時間に中途半端な余白が出たので、ビリヤードをしてきた。
これで今週2度目のビリヤード。
三宮で最も台の綺麗なビリヤード場で、黙々と独りで2時間弱。
人と喋りながら勝負するビリヤードほどの楽しさはないが、独りビリヤードは苦痛と引き換えに頭をすっきりとさせてくれる。
思い返せばビリヤード歴は長い。
確か8歳ぐらいだったと思う。
家族で熱海の外れにある島、初島へ旅行へ出かけた。
初島のホテルには小さなパターゴルフ場があり、母がマッサージを受けている間にやることのない私と父は、そこでプレーしようと計画していた。
だが、その日は生憎の雨だった。
パターゴルフを楽しみにしていた8歳の私は不貞腐れながら、同じホテル内にある「ビリヤードルーム」へ父に連れていかれた。
父は学生時代から一通りの趣味を嗜んでいたようで、何をやってもめっぽう強かった。
加えて、元来のこだわり屋が幸いしたか、あらゆる事柄について一家言めいたものを持っていた。
もちろん父にとって、ビリヤードもその1つだった。
ビリヤード台のあまりの大きさと、その貴族的な香りのする調度品とカラフルな15個のボール、そして手入れの行き届いた上質な緑色のフェルトに覆われたビリヤード台にクラクラした8歳の少年は、そこでビリヤードの基本を父から教わった。
確かそこのプレー料金はホテル付属のアミューズメント施設であったため法外に高かったように思う。
わずか1時間の間だったが、その時、父は幼い私に「センスがある」とだけ言い、私はその父の背中を文字通り追うようにしてホテルの薄暗い廊下を抜けて部屋まで帰って行った。
そして今にして思えば、8歳の私はその後11年に渡って父とビリヤードでの真剣勝負を続けることになった。
その初島での1泊2日の旅行以来、父は休日になると私を家から車で30分ほどのビリヤード場へ連れ出した。
父は決して私のプレースタイルや技術に関してあれこれ言わない。
ただ黙って真剣に勝負に徹するのだ。
父は50歳を目前に控え、私は10歳をすでに越していた。
毎日、身体の内外あらゆる箇所が大きく、深くなっていく時期である。
そんな私を間近に見ていた父は、加齢の実感を見せまいと常に圧倒的なゲーム運びで私を負かし、悔しがる私を車に積み込みさっさと家へ帰って行く。
そんな休日が11年の間に一体何度あっただろうか。
時は流れ、初めてのビリヤードから11年後。
私は20歳目前で、父は50代の折り返しを過ぎていた。
明らかに父は老いていた、そしてそれを悟られまいと毎回のプレーには異常なほど力が籠っていた。
実のところ私は父に2時間ないし3時間のプレー中の9ボールの勝ち数で上回ったことが一度もなかった。そう、11年に渡ってだ。
11年に渡る無敗記録を大人へと変貌しようとする息子と相対しても更新し続けることに、父がこだわっていることは明白だった。
何度か惜しいゲームがあったことも事実だ。
だが私の心の中には、父に勝ってしまっていいのだろうか、勝つに値する人間なのか自分は?あるいは勝つことによって、父は一気に老け込んでしまうのではないか、などの危惧があった。
自分のビリヤードの腕が父のそれと比べて、見劣りしないように感じられた頃から、父が負けることなく、私とのビリヤードを自ら辞めたならどんなにいいだろうかと考えるようになった。
だがいずれにせよ、あと1勝で勝ち越せるというチャンスが何度かありながら、いつも父の気迫のようなものに気圧され、あと一歩が及ばなかった。
19歳の誕生日を過ぎ、大学1年の私にとって、父はもはや倒すべき存在でしかなかった。
ビリヤードで勝つことが、父の社会的地位を微塵たりとも揺るがさないことは承知だった。それでそれだけで「父」を越したなどと云えるわけもない。父の身体には歳月が宿っており、その手足には知恵が張り巡らされていた。
だがしかし、だ。
19歳の私は、57歳の父をビリヤードで負かすことによって彼に大きな打撃を与えられる、ということを知っていた。
父がたとえ、ビリヤード以外の全ての資質で、息子のそれらを上回っていたとしてもだ。
その日は最初から勝つつもりでいた。
勝つつもりで白球を撞き、順調に勝ちを重ね、父の追撃を払いのけた。
そして勝った。
11年越しに掴んだ初めての勝利。
正直にいって、わずか3年前のことなのに、あの日のことを殆ど覚えていない。
確かなことは2つあって、あの日以後、私は父とビリヤードをすることはなくなったこと、そしてあの日の勝利を決めた最後の1球をポケットに沈めた時に私は父に対して哀れだとも申し訳ないとも感じず、目の前にいる男を深く傷つけたことの責任を早くも感じ始めていた。
その日以来、誰とビリヤードをしても正直なところ、殆どピンとこないのだ。
それは相手の巧さ/下手さに恐らく関係のない話である。
留学中のトロントでもビリヤードを一緒にしにいく友人がいたし、今もよく一緒にいく友人がいる。
私は、彼ら(時に彼女ら)とのプレーの中に何か特別なものを求めようとするのだが、いつもうまくいかない。
私と父の関係に全国規模の父子関係を数値化した偏差値を付けるのだとすれば、恐らく平均を遥かに下回るだろう。
ビリヤードという離れられない趣味を私に埋め込み、ずっと戦うように仕向けた父を恨めしく思うことももちろんある。
だが、彼とビリヤードができなくなったということ、その事実に関しては本当に悲しく思っている。
なぜなら我々はビリヤード台の上だけで、飾り立てない親子でいられたのだから。
2017/7/23
