「【前後編シリーズ】わたしを特徴づける2つのモノ/コトの起源 後編」
だけれども、それらは私にとって欠かせないものなのだ…
出かける前に服を選ぶ。
好きな人とのデートなら、いつも浴びないシャワーの蛇口を捻って、冷たさと熱さ、そのどちらともいえる温度の液体を顔に浴びせ、朝の浴場で、眼を閉じる。
洗面所の調光を最大限明るくし、鏡を覗きこむと、眼鏡を掛けないでいつもより2割増位で男前な顔を作っている自分がいる。
小4以来、外さなかった眼鏡だったが、きょうがそれを外す日なのかと鏡の向こうの黒い眼に問いかける。だが黒い眼に映っているように見える私は、冷たいままだった。
洗面所を出て、用意した服を着る。
出かける前、最後に2つ。
眼鏡を掛け、そして一番最後に、帽子を被る。

同じ床屋にこだわって21年通い続けると云えば、さぞかし髪型に凝っているのだろうと思われるかもしれない。
今でもそうなのだが、元来髪型に頓着しない。
2ケ月おきくらいに同じ床屋に髪を切りに行く。
家から電車で1時間ほど掛かる、大阪のラブホテル街のど真ん中にある床屋だ。
「短め」と、だけお願いしてあとは全てを信頼できる人に任せて座ってるだけでいい。
思い出す。
中学に入った頃、店主は私の髪を霧吹きで湿らせながら、1冊の雑誌を持ってきてくれた。
『メンズヘアー』と書かれたその雑誌を渡して、「好きな髪型選んでみ」と彼は私に云った。
私は雑誌を見る素振りをしばし見せてから、「やっぱりいつものでお願いします」と答え、彼はちょっと笑いながら、霧吹きをまた吹きかけた。
坊主頭、中でも、何らかの罰ゲームでもなければすることのないとされるスキンヘッドすれすれの5厘刈り(2mmくらい)を高校の頃は自ら好んでしていた。
高校の終わりごろ、心斎橋をその坊主頭で歩いていた。
その時、隣には父がおり、人で溢れかえった心斎橋筋商店街沿いを一緒に歩いていた。
父は「服とか買わんでええのん?」と、人越しに聞いてきた。
どうしようか、そう思い歩いていると、ちょうどそこにGUがあった。
人混みに辟易していた私は、父の言葉に従ってGUに避難することにした。
派手な服が好みだった私にとって、誰かと服が被ることは最も忌避していたことだった。
GUで服を買うなどという「リスク」を犯すわけにはどうしてもいかなかった私は、とりあえず外の人混みをやり過ごすことしか考えていなかった。
だが偶然にも、その日が、その店が私にとっての初めての帽子を購入した場所になった。
時間潰しも万策尽きた。
何度もメンズフロアをうろついた。何度見ても同じだ。ここで服を買うことはない。
もうあとは、女性モノの下着系のコーナーくらいしかなかった。
そこに父がやってきて、私をレジ付近の小物コーナーへ連れてきた。
「こんなんどや?」
といって渡されたのは、デニム色のハットだった。
坊主頭の息子にハットを勧める、とは今にして思えば、「変わった服ばかり探すのもいいが、息子よ、もうちょっと頭に気を遣えよ」という父親なりの思いやりだったのかもしれない。
私は苦笑し、被るより前に、こんなものは自分には無理だ、似合う訳がない、帰ろう帰ろう、と云った。
父はどうしても私にそれを被らせたがった。
そしてそれが私の生涯最初の帽子になった。
散髪屋の店主はある日を境に帽子を被り始めた私を見ながら、自分が懸命に整えた髪が帽子によって台無しにされるのだと知ったのだろう。
それからは、髪型をどうするかの相談は特になくなり、会話を楽しむようになったのであった。
それからたくさんの帽子を買うようになった。
私の財布には帽子屋のポイントカードまで入っている。
ちなみにその初めてのGUの帽子は2年前のトロントでの留学中、痛飲したある夜の列車の中に忘れてきてしまったため、今はもう手許にない。
だけれども、それらは私にとって欠かせないものなのだ。
さていかがだっただろうか。
昨晩から2日連続で、前後編に分けて、私を特徴づけるモノとコトについてまとめてみた。
モノは只今紹介した帽子、コトはビリヤード。
そして、そのどちらもが、今の自分にとって欠かせない事物でありながら、自ら選び取ったものではなく、選び取るように仕向けられたモノである。
しかもそれらを選ばせたのは「父」だ。
私は週に2日やりに行くビリヤード、そして毎日被る帽子が、誰の影響下にあるものなのかを、実のところ父が植え付けた習慣だと考えないようにしようと努力してきた。
ある時期は、その事実を忘れることができたかもしれないが、やはり何かのタイミングで思い出すことがあり、何度かそういうことを繰り返すうちに、このルーツは、この事実は忘れられないのだと知った。
同時に私はブログの中で、父について触れないように、父の気配が文章に顕れないように細心の注意を払ってきた。
それは昨年の秋にブログを始めた当初から決めていたことでもあった。
だが、やはり書いてみて気付かされた。
私がいくら父に対しねじれた感情を抱いていようと、そのことを無視して書いた文章はどれも自分のものじゃないようだ、ということを。
今回の前後編は恐らく、読み手の方にとって、語弊を恐れずに云うならば、中でも「男の子」的なるものをどこかに抱いている読み手の方々にとって、結果として魅力的な文章として映ることになったのではないかと思う。父と男の子はやはりどこか固有の関係性を帯びているからだ。
そこで頂いた好意的な感想はとても嬉しかった。これは未熟な書き手として稀有な経験なのだが、本当に勇気づけられた。
だが、やっぱり今後も父のことは胸にしまったままにしておこうと今回の前後編を書き終えて決心した。
父のことを考えない日は1日もない。でもそのことを自然に任せて、筆が走るままに書いていては、「書く」ことが私にとって何らかの新しいものを生み出す新鮮な行為ではなくなってしまうだろう。
「父」を前面に押し出さずに何かを書くことが、書けるようになることが、私が書き手としてまず取り組むべき目標であるからだ。
毎日書くということを許されている身分だからこそ、こうした思い入れのある文章を誰かに見てもらえる場所で作ることができるのは本当に幸運だと感じている。
通常、ブログの終わりにこのようなことは書かないようにしているのだが、1つの節目ですので。
お読みくださりありがとうございます。
読者の方と直接的に間接的に繋がれる幸運さを噛みしめながら、「痩せ我慢」をこれからも毎日続けていきたいと思います。
2017/7/24
本田 龍之介
