「行ったり来たり」

“Comes And Goes”(와리가리)/hyukoh(혁오)

「韓国のSuchmos」そんな風に、以前ラジオで紹介されていたことをふと思い出して、誕生日の夜、聴いていた。

同じ夜、友人が「おめでとう」とLINEをくれた。

同じ夜、友人が「おめでとう」とLINEをくれた。

そこには久しく開いていなかった聖書から引用された1節がメッセージとして書かれていた。

コヘレトの言葉12章1節、からの引用である。

青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ。苦しみの日々が来ないうちに。『年を重ねることに喜びはない』と言う年齢にならないうちに。

この聖句を引用するには随分、勇気が要ったに違いない。友人も私もクリスチャンではないし、お互い教会から離れて久しいはずだ。そういった気恥ずかしさを越えて、メッセージを届けてくれた友人に頭が下がった。

毎日のように礼拝を行なっていた中高に通っていた20代の学生がいかにも経験しそうな話で気恥ずかしいのだが、私はこのメッセージの意味が今なら少し分かるような気がした。

繰り返すが、私は今も昔もクリスチャンではない。だけど、聖書を毎日のように読んでいた時期が6年ばかりあった、その言葉の多くは身体から抜け落ちている、ごく普通の、いや普通以下の大学4年生だ。

中高生の頃、この聖句の意味がよくわからなかった。私はどれだけ変わっても書物である聖書の文言は変わらない。変わったのは自分で、聖書の言葉はそれほど難解でない箇所も多くて、再読することによって新発見があるわけでもない。

でも、その「同じ言葉」をそのまま受け止められるか、自分のこととして受け止められるかどうかは、この数年で変わったように思う。


このページには絶望と希望の言葉が同居している。私はその間をウロウロと「来たり行ったり」しながら迷う。

喉が少し痛い。久々のことだ。いつものようにうがいを少しばかり。

2017/9/26

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