「都市の微熱」
ちょっと留守にしてたんだけど久しぶりに戻ってきた。ここを留守にしてる間、季節はずっと夏。ここを留守にしてる間、気まぐれで、気付いたらいつも朝になったらいなくなってる台風みたいな子たちが何人か通り過ぎていって。
そうそう、もう明日から9月なんだって。知らなかった、気づかなかった、うっそー、なんてカッコつけてる人も、もう1年終わるっていうより人生100年時代ってネーミング地獄だよね、ほんと1年は早く終わるのに人生なかなか終わらず死なせてくれないわけでしょ。それってさ、「地球は丸くて有限なのに、球体だからどこまでいっても地続きで無限」みたいな矛盾っていうのパラドックス、あ、おんなじか、ってそういう系のやつなのかしら。
夏の終わりが予感される8月最後の金曜、微熱都市に住まう皆様がお持ちの興奮をクールダウンする1曲。
そういえば、本稿のタイトル「都市の微熱」なんだけど、こんなイケてるネーミングセンスは私にないわけで、映画批評家の川本三郎氏が33年前の本のタイトルにしていたわけだ。ならこれは川本センセに対するオマージュあるいはリスペクトなのかというと、私は川本センセのご著書を1ページも開いたことがないどころか、川本センセの存在を知ったのも30分前くらいのことだ。
というのも、都市計画マスタープランって言葉をマジマジとみてるうちに「都市の微熱」っていう言葉を思いついて、ちょっと機転を利かしてイントゥアーネットで「都市の微熱」って打ち込んだら、川本センセのご著書と綺麗に頭ごっつんこしたっていうのが実際のとこ。いわば事故。これをどう解釈するのかなんて人様にとっちゃどうでもいいことなんだけど、自分にとっては非常に深刻な問題。自分が掴んだって思ってたものが誰かに掴まされてたって聞いた時のショックってお分かりだろうか。見たことも聞いたこともない映画批評家が30年以上前に云ってたことなんざ気にしてるから鬱屈とした気分になるんだよ、イントゥアーネットってのは、いけ好かないチクリ屋みたいなもんだからほっときゃいいのさ。コロンブスがインド人みたいな身形した人がいるから思いつきで「西インド諸島」って名付けた時代の無邪気さを取り戻すべきなのであーる。なんてね。
ともあれ、微熱だのなんのかんの考えてると、自分の額も汗ばむような気が。もしかして…そう外は雨。そんな日は踊って汗まみれになれば、汗なのか雨に濡れたのか分かんなくなってどうでもよくなる。ちなみにこの曲は僕が飛行機で離陸する時に流すお気に入りの曲でもある。
頭ごっつんこで思い出したんだけど、小学校のとき、毎日のように塾に通ってて、学校で遊べないストレスとかがあったのか、電車で3駅先にある塾までの間、ある危険な遊びに僕は夢中だった。簡単な遊びで、列車が駅に停車している間、女性専用車両1両分、ホームをダッシュして反対側の乗車口に駆け込む。このスリリングが教室を出られなかった小学生の僕らにとってはたまらなかった。その日も同じように駅に近づくと、女性専用車両に最も近い車両の乗車口に張り付いてドアが開くのを待つ。ブザーとともに走り出す。夢中で走りいつものように乗車口が見えたと思ったら、駅舎の屋根の空が見えた。間も無く、出っ歯なんて云われていじめられてた僕を不憫に思った両親がお金を出してくれていた矯正中の前歯に猛烈な痛みが。前歯が折れたんじゃないかと頭真っ白のまま救急車に乗せられた。今のところ救急車に乗った経験はあの時1度きりだ。
結果、前歯は折れていなかったし、むしろ出っ歯がちょっとおさまったっていう嘘みたいなホントのお話。なんでこんな事故が起きたかっていうと、女性専用車両の向こうにも、同じ塾に通ってた同級生が、僕と全く同じことを考えて2人はホーム中央で衝突。同級生より僕の方が身長が高く、ちょうど僕の出っ歯と、彼の額が同じ位置にあって、しばらく彼の額には前歯の跡が刻まれていた。
女の子もゲットできずにクラブを出て靄のかかった朝の道路をとぼとぼ帰って家に着くと鞄の中に1枚のCDが入ってた。その日はあるお店の1周年パーティーだったからドア代を払うと夏祭りで腕に巻く光るリングと一緒にCDが渡されたんだった。DJもやってるという店主がセレクトしたミックス。クラブにいる間、そのCDのことを忘れてて、家に帰って気づいた。朝だということも忘れて僕はそのCDを繰り返し聴いた。クラブ帰りに聴きたくなるような選曲でそれから数週間、僕はそのミックス以外の曲を聴く気分にならなかった。ずっとクラブ帰りのような気分だったのもあるかもしれない。その中の1曲を最後に。
微熱都市に暮らす皆様、こんな蒸し暑い日は街に出て踊って、世界に光が戻ってくるまでの暗闇あるいは昼間以上に眩しい街を楽しめたら何もいうことはないんじゃないでしょうか。

2018/8/31
