
#006 28mmレンズの魅力
引き続き、PHAIDON社の「MEXICO THE COOKBOOK」について。今回はこのcookbookに掲載されている写真について見ていこうと思う。
「MEXICO THE COOKBOOK」は、著者のMargarita Carrillo Arronteによるメキシコ料理全般についての概説からはじまる。その後「ストリートフード」「スープ」「肉」などといった料理ジャンルごとにレシピ集が続き、最後に索引があるという構成になっている。

そして写真については、冒頭の概説ページにメキシコの風景や街並み、市場や家庭のキッチンなどのイメージカットが挿入されている。


またレシピ集のページには、およそ5ページにつき1カットの割合で、完成した料理の写真が掲載されている。トルティーヤからデザートにいたるまで、その総カット数は134点に及ぶ。


「MEXICO THE COOKBOOK」のこれらの写真を撮っているのは、いったい誰なのだろうか。奥付によると、撮影しているのはFiamma Piacentiniというフォトグラファーだった。
さっそく検索してみる。検索上位に個人ホームページがヒットした。
http://www.fiammapiacentini.com
Fiamma Piacentini氏はメキシコシティ生まれ。現在はニューヨークのブルックリンを拠点として活動をしている。
そして彼女はフォトグラファーのみにとどまらず、役者、映画監督としても活動しているようだ。なんでも、過去にニューヨークのマギー・フラニガン・スタジオというところで、みっちり2年間、スタニスラフスキーの流れをくみ、メソッド演技法を確立したサンフォード・マイズナーの指導を受けているらしい。
そんな彼女のフォトグラファーとしての活動媒体は、Up! MagazineやVanity Fair Brazil、Glamour Mexico、Nylon Magazineなど。
書籍に関しては「MEXICO THE COOKBOOK」のほかに、メキシコの有名レストラン「プジョル」のシェフ・Enrique Olveraによるcookbook(dn3 editores発行の「UNO — DIEZ AÑOS EN PUJOL」および「EN LA MILPA 2010–2011」)の写真を手がけている 。
彼女の名前でflickrのページもヒットした。
https://www.flickr.com/photos/91535670@N00/
ホームページやflickrのポートフォリオを見ていくと、彼女の写真はその構図に見るべきものがあることがわかる。
たとえば、このページの3枚目の妊婦の女性と後ろの車、建物の凹凸のバランス。4枚目の男性3人の位置取りと、堤防、水平線、釣り竿からなる直線の交わり。どちらもとても均整がとれていて美しい。
またこのページの上から2枚目の船上の写真は、赤い船体と海・空の青さのコントラストが目に映える。そこにはあざやかなメキシコの街並みによって育まれた、彼女独特の色彩感覚があるのだろう。
そして、この船上の男たちのくつろいでいる様子は、まるで舞台上から見た観客席のように見えてこないだろうか?
そこには、自分ではない何者かになった「役者としてのFiamma」がかつて舞台上から視ていた世界が、投影されているように感じられるのだ。
このページの上から8枚目も、個人的にとても惹かれる写真だ。
被写体となっているのは、カリフォルニア州のセントラル・コーストにあるMadonna Innのステーキハウスで食事を楽しんでいる男女。なんともけばけばしいフェイク感満載のダイナーに、彼女は私的なアニバーサリーで訪問したようなのだが、まるでファッション広告の写真のように効果的なライティングがきまっていて、非現実的な記念日特有の浮遊感が感じられる。
そしてこの写真からもまた、本来視られる者の居場所から視ている感を覚える。
HPの写真にはExifデータが残っているので調べてみると、どうやら使用している機材は、カメラがCanonのEOS 5D Mark II、レンズがEF28mm f/1.8のようだ。
きっと28mmという広角の焦点距離が、彼女が舞台の上にいるときから視てきた世界の光景に等しいのだろう。
その反面、HPに掲載されている料理写真や、「MEXICO THE COOKBOOK」のレシピ集ページに掲載されている写真は、とても素直なテーブルフォトだ。
テーブルフォトにありがちな植物や果物、テキスタイルなどの余計な小物は極力用いず、標準から中望遠の焦点距離できっちりと料理のテクスチャをとらえている。
この点、写真の目的を見誤っていないことは確かだが、やはりちょっと寂しい気がした。彼女の写真の真骨頂は、28mmという広角レンズにありそうなのだ。