あなたの嘘を数えましょう

こころ
こころ模様
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4 min readJan 27, 2017

身近な誰かの行動を考察するとき、無意識のうちに、同じ状況に置かれたときに自分がどう振る舞うかを判断の根底においてしまうことがある。

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どんな些細な私の嘘も許さず、行動に一抹の曖昧ささえも残させずに常軌を逸した執拗さで問いかけ糾し詰り続ける人がいた。

「心配だから」という耳あたりのいい言葉から始まったそれはいつしか、私がどこに誰といるのかすべてを把握していたいという半ば狂気じみた執着と支配になっていた。数時間おきに電話をかけてきては私の行動を問い質し、事前にしていた話と少しでも整合性を欠けば延々と詰り続けるあの人の声をぼんやりと聞くともなく聞いていたあの日々はいったい何だったのだろうと今になって思う。

「愛しているから自分は傷ついても構わない」という覚悟はときに美しくあり得るけれど、「愛しているから相手は傷つかない」「愛しているから相手を傷つけても構わない」という歪な矜持の醜悪さを存分に浴び続けたあの日々は、決してあの人が思うほど美しくはなかった。

私たちにとって不幸だったのはおそらく、その人に言いたくない行動などいくらでもあった私を詰り続けたその人もまた、私に言えない行動がいくらでもあって、なおかつ私にはそんなことも分かりきっていて別段聞きたくもないと思っていたことだろう。

私が反撃することができる余地は、本当のところ少し広すぎた。けれどそれも知った上でその人を選んだのは私だから、それを殊更に取り上げて殴りかかるのはフェアでないとも感じていた。

私は一度たりともその人に、「どうして信じてくれないの」とも、「信じてほしい」とも口にしたことも思ったこともないのと同時に、「あなただって私を納得させるような説明などできないくせに」とは言ったことがない。

「私は耐えられるのだからあなただって耐えられて然るべきだ」というのはそれはそれで私の幼い傲慢さでもあったのだろうけれど、自分のことを棚に上げて私を詰り続けるその人に私が真摯に向き合う気になれなかったからといって、その人を不当に軽く見ていたわけではない。

お互いそういう位置づけで始めてしまっただけだ。

あの人がどういうつもりで私を詰り続けたのか、あの尽きせぬ熱情の拠り所はいったい何だったのか、私には未だに判然としない。あの人の心の底なんて見えなかったし見たくもなかった。それは、どれだけの熱量をぶつけられても、どれだけ強く縛られても、そこに本当に私自身がいると思える瞬間などなかったからかもしれない。

まったく別の余地が広がるまで、本来赦されるべきではなかったあの人のすべてを赦し続けた私は、決して優しかったわけではない。あの頃私の心の中にいたのはあの人ではなく、そこにいるべきであった人でもなく、もちろんあの人が疑ったような数々の何かでもなく、ただどこまでも冷え切った私自身だったし、それはきっとあの人も同じだったのだろう。

他人の心の底を疑うのは、自分も心の底に同じ醜さを抱えているからだ。相手が自分を裏切るかもしれないと疑心暗鬼になるのは、自分がその状況に置かれたとしたらあっさり相手を裏切る姿が鮮やかに目に浮かぶからだ。

自分の暗部から目を逸らして他人を変えようとしても、自己矛盾が膨らむばかりだ。心に私はいないのに、そこにいるのは私だと声高に言い続けたあの人は、私にだけでなく自分にもそうやって苦しい嘘を吐きつづけ、膨らんだ嘘に心を押しつぶされていたのだろう。

嘘を吐くことを否定するつもりはない。真実はときに人を殺す。でも、心に嘘を飼う人の、心の中の嘘にはなりたくなかった。

こんな日が来るなら抱き合えばよかったよもっとなんて別に思わなかったけれど、私がほしかったのはほんとうは、「あのときのあれは嘘だよ」という、この世で一番優しい嘘だったのかもしれない。

《№8 お題: 優しすぎるのは冷たすぎるから》

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エナメルさまのお題をお借りして、短いストーリーを綴っています。

人の心から生まれ、育つ言の葉。うつろいやすい心が、うつろわぬ言葉として、あなたのもとに届きますように。

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生きる資格がないなんて憧れてた生き方