寒さが日ごとに厳しくなるから、薫りだけでもしっとりと暖かく柔らかいものを纏いたくなる。
今年の冬を寄り添って過ごすのは、「時の旅人」とも「夢の建築家」とも言われるフランスのアーティスト、セルジュ・ルタンスの、アンボワバニール(Un bois vanille/バニラの木)に決めた。
アステカ帝国の財宝のひとつ、バニラ。
その純粋にして高貴、そして甘美なバニラの芳香は、
ひとを魅了し、とりこにし、
永遠に自分だけのものにしたいという欲望をかきたてる。
その宝物のようなバニラの魅力を、白檀の箱にそっと詰めて。
aikoに「二時頃」という曲がある。真夜中、恋した男と電話をするけれど、実は彼の隣では本命の彼女が深い寝息を立てていた、という曲。この本命の彼女は、「バニラのにおいがするtinyな女の子」と形容されている。
英語で“plain vanilla”と言うと、平凡な、だとか、単調でつまらない、だとかいう意味になる。この彼女の「バニラ」は、plain vanillaな気がしてならない。だからこそ、真夜中にふと目覚めてしまった男は、plain vanillaが香る彼女の寝顔を眺めているだけでは飽き足らず、隣で他の女と電話を始めてしまうのだ。彼女はplain vanillaだからこそ、そのことには決して気づかない。そして、彼女はplain vanillaだからこそ愛される。
バニラのにおいがするtinyな女の子には、なれないしなりたくもない。
プレーンではない、重くてスパイシーなバニラの匂いが好きだ。濃厚な甘さを切り裂くように、焦げて乾いた棘が覗くような。
しっとりと暖かく柔らかく、と言いながらどこかに棘のあるものを探してしまうのは、柔らかさに絆されてこの街に溶けてしまいたくないからだ。私の芯を刺激して、あくまで真っ直ぐに立っていさせてくれるような、そんな匂いが好きだ。
冷えたり緊張したりすると呼吸が浅くなりやすい。だから私は今日も、深く息を吸い込んだときに香るspicy vanillaの匂いに支えられて、私であり続けようと思う。
《№5 お題: 甘く、とろけるような》
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エナメルさまのお題をお借りして、短いお話を綴っています。
人の心から生まれ、育つ言の葉。うつろいやすい心が、うつろわぬ言葉として、あなたのもとに届きますように。