「サウナ入れば心身ととのう春の風」

Ryunosuke Honda
たぶん屋日誌
Published in
Apr 18, 2021

あっぶなかった、あの時だめ押しの一言を口にしてたら終わってたとこだった、あっぶねぇ。

というのは、サウナのことだ。
2カ月前から分かりやすく「ベタ」にハマり始めたサウナのことだ。

2月以前の僕は、最近にわかに流行り始めているサウナのことを心底馬鹿にしていた。「ととのい」だの「サウナ-」だのの言葉があふれている世界の現状を、文字通り「心の底から」馬鹿にしていた。

今となってみて僥倖だったのは、あくまで「心の中で」馬鹿にしていたことであって、「心の外に」その声を漏らしてなかった点である。

僕の基本的な生き方は簡潔に云えば、「流行り物」を軽蔑し、誰もが忘れた頃に過去の流行を遅まきながらキャッチアップしていく、「へそ曲がり」で「斜に世界を観察」する、いわゆる「天邪鬼」に他ならない。そうした生き方が窮屈で、我ながら面倒な時もそんなことはかまやしない。

みんなが盛り上がっているときに離れた席で、煙草を吹かしながら「阿呆どもがまた例によって騒いどるわ」と高見の見物をするのが好きなのだ。流行り物をこき下ろすことで、揺るぎない安定した地盤を手にしてきた。

それがどうだろう。2カ月前から見事にサウナにハマり始めてしまっているのだ。それこそ「阿呆どもが例によって騒いどる」最中にだ。

サウナの流行に関して、僕は得意の天邪鬼さを発揮して、「ととのう」とか馬鹿なことを云ってる奴らがおるわおるわ、おめぇも「そっち側」の人間なわけね、フーンなるほどね、と見下していた。なんなら「サウナ-」と一緒に温泉に入るチャンスがあった時、ここぞとばかりに、内湯から露天風呂に入った瞬間に「あぁととのいますわ~(笑)」と聞こえよがしに云ってみて、同行者のサウナーを困惑させたこともあるくらいだ。

2月以前の僕にとってサウナ-は「意識高い系」や「インスタグラマー」と同列に軽蔑すべき対象に他ならなかった。憎むべき敵の言葉遣いを意図的に誤用することによって、独自のターム(専門用語)が内包する馬鹿馬鹿しさに気付かせ、その世界観をわずかながらでも瓦解させることが、さきほどエピソードとして紹介した「ととのいの誤用」の狙いでもあった。そしてそのささやかな試みは、あらゆる街角、酒場を、僕にとっての静かな戦場に変えさせ、その姿はさながらゲリラ戦の様相を呈していた。

きっかけは2月中旬のまだ雪深い休日に、サウナ-歴数カ月程度の友人に車で1時間ほどかけて温泉へ行った日のことだった。

当時はまだサウナを馬鹿にすることに血道を上げていた僕だったが、信頼できる友人が「どうしてもサウナの良さを伝えたい」というリクエストを持ってきたこともあり、渋々同行したのがその日の経緯だ。

サウナは一般論として、①サウナ(5~10分)、②水風呂(1分程度)、③外気浴or休憩(10分程度)を1セットとし、それを2~3セット繰り返すことで「ととのい」に至るとされている。

僕は、友人とともに山奥の温泉で、同様の手順を踏むことになった。1セット目は、サウナがとにかく蒸し暑く、苦しいと感じた。やはりサウナ-どもは「やせ我慢」の我慢大会を開いて、悦に入ってるだけのドM集団だな、くらいにしかその時は感じていなかった。1セット目、露天風呂の脇にある椅子で外気浴していた際も、気持ちよさは一切感じなかった。そうでなければおかしい。なぜなら外は氷点下10度以下の世界だ。なんらかの罰ゲーム以外でそんなことは許されるはずがない。

さて2セット目、ここで既に身体が異変を感じ始めていた。凍える寒さの外から屋内に入ってきたせいなのか、サウナに入るとホッとしたような感覚が身体を駆け巡った。ただこのときの僕はまだまだ自分の身体が発する異変のシグナルを無視していた。そして2セット目のサウナから出て、水風呂、外気浴を経験したとき、僕は完全に我を失っていた。屋外の椅子に腰掛けて、身体から湯気を立ち上らせながら「あぁやっべぇ、気持ちいい」となっていたのである。僕の「アンチサウナー」の活動家としての命はここに尽きたと云っていいだろう。

以降、僕は週平均で2回ほどサウナに出かけるようになった。たった2カ月だが、近所や、車で3時間離れた場所まで、あらゆる施設を休日のたびに回り、仕事中もサウナを思うようになった。これを書く今、休日の昼下がりで喫茶店にいるのだが、ここから歩いて5分ほどのホテルにあるサウナが午後2時に開くからそれまでには書き終えなければならんなぁと考えている次第だ。

そういうわけで、江戸時代のキリシタンに対する迫害のタームを借りるとするなら「転んだ」わけである。いや、もはやそうした自意識との戦いに終止符を打ち、いけしゃあしゃあと、厚顔無恥にも、サウナ-たちとともに、今はどこのサウナがアツく、次に訪れるべき施設はどこかと情報交換しながら、いそいそと出かけている。

話は冒頭に戻るが、「物言えば唇寒し秋の風」という賢人の言があるが、その通りだ。心の中で馬鹿にしておいてよかったよ、あっぶねぇという話だ。

そして今の僕にとっては「サウナ入れば心身ととのう春の風」といったところだ。

ああ、人生。何が起きるか分からない。マジ、サウナ最高。

2021/04/18

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Ryunosuke Honda
たぶん屋日誌

「道」のつく日本唯一の地域に移住。蓴菜、オクラ甲乙付けがたし。 対面でお話する時、ポテチ成分談義の話題がお好き。