「夜のコインランドリー観察」

Ryunosuke Honda
たぶん屋日誌
Published in
Jan 10, 2021

1/10(sun)20:30「観察開始」

ウディアレンの映画が終わりそうだなというタイミングで、ふと、コインランドリーのことが気になった。
というのも、僕は「熱烈な愛好家」ではないにしても、コインランドリーのことが「まあまあ」好きで、近所のコインランドリーで誰かが持ち込んだ洗濯物がコロコロと回っているであろうさまを暇な時間に想像している。近頃のコインランドリーは便利なもので、アプリをインストールし、自分の行きつけの店を設定しておけば、リアルタイムで各機械の稼働状況やあとどれくらいで終了するかを確認できる。
これが、僕の暇をつぶす時の想像力を働かせるのに、大いに役立つ。
「この機械は乾燥中で、残り22分か」と家でアプリを開いて満足し、そっと閉じるのだ。ちなみに僕はたいてい、そこのコインランドリーを利用せず、そうやってアプリで洗濯物を預けているわけでもなく、ただ見ているだけだ。
そう、僕は熱心でないにしても、「まあまあ」コインランドリーのことが好きなのだ。

僕はいま、24時間営業のあるコインランドリーにいる。さきほどまで回っていた2~3台の洗濯乾燥機はもう終わったようで、広告の音声だけが静かな室内を流れている。これからここを訪れる人の様子や、人が来ない時間は考え事をしたり、持ってきた本や、ダウンロードしてある映画で時間をつぶすことにする。飽きたら出ていく。途中でトイレやタバコを吸いに外へ出る。好き勝手にやる。それだけだ。

1/10(sun)21:40「活気づく店内」

数人が終わった洗濯物を取りに僕の横を行き来した。
みな一様に、用が済んだらさっさと車に荷物を積み込んで帰って行く。

洗濯物を預けに来た中年男は、「いや、おれさ銭湯行ってきて、そんで洗濯物をね、うん、そうそう、そうなのさ」と、スマホで面倒臭そうに通話しながら出ていった。取り立てて書くほどのことでもないのだが、これがコインランドリーの中で起こっているのだと思うと、少し見てられる。

その男が戻ってきて、スピーカーで通話内容を響かせている。
恐らくさっきとは違う人と話しているようだ。

そこに男女のカップルが入ってきて、男が明らかに容量をオーバーしている布団を押し込んでいる。

店の前の駐車場は、車が続々と停車し、店内はにわかに熱気に包まれ始めている。

カップルの女は、やや神経質に布団を広げる机やカートを消毒している。2人の家のにおいだろうか、甘い香りが布団からこちらに流れてきている。

男はスピーカーで相変わらず、誰かと話している。

ここにいる人たちは、それぞれが干渉せず、ぶつかり合わない絶妙なステップでダンスをしている。

1/10(sun)22:20「轟音と静けさの往来」

近くのコンビニへ温かい飲み物を買いに行くついでに、外の灰皿で一服する。
外はマイナス13度とあって、タバコを持つ右手の感覚が薄れていく。
そういえばアパートの2階に今住んでいて、ぼくの部屋がいわゆる角に位置しているため、部屋の前の廊下は行き止まりで、共用ではありながらそこは僕しか使わないスペースになっている。僕はそこに灰皿を置いている。夏場はその中に水を入れておいて、それで火を消して、ある程度たまったら捨てている。でもついこないだ、冬だというのに何も考えず水を張ってしまった。朝起きて一服しに廊下に出ると、灰皿の水は見事に氷と化しており、中に吸い殻が閉じ込められていた。
僕はその氷を火消しに使い、春が来るまでは溶けないであろう灰皿を、廊下に吹き込んできた雪から灰皿を考古学者のように発掘しながら、最近は一服している。

あまりにも寒く早々と戻ってきたら、コインランドリーは誰もいなくなっていた。
玄米茶のペットボトルで右手を温めて、ようやくキーパンチできるくらいに手の感覚が戻ってきた。

さっきまでいたカップルと、色んなところに電話をかけていた男はもういない。カップルは、大量の衣類を3~4個の洗濯乾燥機に分けて放り込んで、どこかで暇をつぶしているのだろう。

複数の洗濯乾燥機が同時に回り、店内は轟音で満たされる。
うちの洗濯機もそうだが、ドラム内からは、今にもはち切れそうな音がする。それをじっと聞いていると、不安になる。
でもいつしか轟音は鳴り止み、また静かに動き始める。

1/10(sun)23:10「おしゃれなアイテムとしてのコインランドリー」

誰もいない店内に広告の音声だけが聞こえてくる静けさが戻ってきた。

コインランドリーは、ここ数年で随分と洗練されてきたように感じる。以前は、家に洗濯機のない人が人目を気にしながら恐る恐るやってきて、安っぽい店の内装が物悲しさに拍車をかけるような空間だったはずだ。

それが今や都心部を中心に滞在型のコインランドリーができ始め、カフェやスポーツジムを併設する施設が増えた。今となっては、専用アプリで出来上がりの時間に通知を送ってくれるなど、至れり尽くせりの感がある。

映画でも、おしゃれな場所としてコインランドリーが出てくるようになった。

『ベイビー・ドライバー』では、主人公とヒロインの恋を互いに確認する場はコインランドリーだった。2人で1つのイヤフォーンを片耳ずつ分け合い、同じ音楽に体を揺らす。ずらりと並ぶ洗濯機には色とりどりの服がクルクルと回転する。視覚的にうっとりさせられるシーンだ。

『Daughters』では、東京でルームシェアする女性2人が、コインランドリーで洗濯のできあがりを待つ間、静かに本を読むシーンが出てくる。やがて、あるきっかけからそれまで家になかった洗濯機を買うことになった時、1人の女性は「コインランドリーに行かなくなると、わたし本を読む時間がなくなるかも」と呟く。

『パターソン』では、主人公のバス運転手は、飼い犬の散歩がてら近所のバーでビールを1杯啜るのが日々のルーティンだ。ある日、バーまでの道中、コインランドリーの前を通過する。そこでは男(恐らく無名のラッパー)が洗濯機の前でフリースタイルラップを練習している。洗濯機の機械音をビートに見立てて、体を揺らしながら言葉を紡いでいる。主人公は店先で男のラップに思わず聴き入る。

コインランドリーはそんなわけで、映画の中における一種のおしゃれなアイテム、として見せられているようだ。そうやって書いてると、カップルが複数個に分けて入れた洗濯物も全て終わったようだ。今、2人は車を降りて店に入ってきて、最後の洗濯物を乾燥機から取り出しているところだ。

1/11(mon)0:15「行き場を失った星たち」

日付も変わると、当然誰もいなくなる。
洗濯乾燥機は全て止まって、静かに並んでいる。
キーパンチしているのは、窓際の机ということもあり、冷気が伝わってきて寒い。
入店してからずっと足元が冷えていたので、コンビニで貼らないホカロンを2個購入。記憶では確か2個で63円。なぜ奇数なんだろう。レシートもないから勘違いのような気もするけど、いずれにせよ安い。これで9時間くらいは暖かいらしい。両足の靴の中に入れて随分と足先が生き返ってきた。

もう誰も来ないだろうと思って、ラジオを聞いていたら、男性が入ってきた。男が手際よく洗濯の設定をして出ていった後、入れ替わりで女性が入ってきた。女性も同じく手際よく設定を済ませ、待ち時間を店内で過ごしているので、思いがけず深夜に店内で誰かといる。

窓のすぐ外を、ファンタのラベルの切れ端が風に揺られてうろうろしている。
人、そしてラベルのフィルムも、こんな時間に暇をつぶす場所もないのだろう。

1/11(mon)1:10「夜は自由区」

誰もいなくとも、時間がそうさせるのか、くすんだ空気が漂っている。
とはいえ、誰かの洗濯が終わりそうになると別な人がやってきて洗濯物を放り込んでいき、切れ目なく洗濯機は動き続けている。
つい、こんな時間に洗濯しに来る人たちはどういう思いなんだろうかとか、どんな生活リズムなんだろうと考えてしまう。

でも店内で一番浮いているのは、ニット帽をかぶり、膝掛けをしてキーパンチしてる僕であることに変わりない。そしてなぜここに来たのか、ここに座り続けているのかをうまく説明できない。でも僕はこれを求めていたのだ、ということは分かる。あらゆる制約から解放され、魔法のかかった深夜という時間を静かに味わっている。

眠気を紛らわそうと、1次大戦下で捕虜のフランス兵がドイツ軍の収容所から脱獄を企てる映画を先ほどから観ている。

1/11(mon)3:10「観察の終わり」

眠くて寒くなったのと、映画『大いなる幻影』を観終えたこともあり、コンビニ行って、どん兵衛とミミガー、殘り1本になってたタバコを買い足して帰宅。ストーブ前で、どん兵衛を啜って生き返った。

空が明るくなってくるまでコインランドリーにいたい思いがないわけじゃなかったけど、勝手に始めたことだし、勝手にやめることに。

ちなみに帰り際も、まだ新たに来た人が洗濯物を突っ込んでおり洗濯機は休まず働いていた。7時間くらいの間に十数人の人が僕の前で洗濯物を持ってきたり、引っ込めたりしていたわけだけど、総じて映画みたいにドラマチックな展開があるわけではなく、生活感に満ち満ちた空間だった。

そして夜だったのもあり、みな独りで寡黙だった。洗濯という日常の場でいながら、マスクをしていること以外は2021年という時世すら感じさせない浮世離れした場にも見えた。日常と異世界、昼と夜が、混じり合った、やはり何らかの魅力を孕んだ場所であることに変わりはなさそうだ。

僕はたまたま観察者でいたけれど、いつかの夜には満たされない魂と洗濯物を抱えてコインランドリーの扉をくぐる日がそう遠くないうちに来るのだと思う。そしてそれまでは家や旅先で、最寄りのコインランドリーの稼働状況と何も起こらないさまを想像して楽しむ。

了。

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Ryunosuke Honda
たぶん屋日誌

「道」のつく日本唯一の地域に移住。蓴菜、オクラ甲乙付けがたし。 対面でお話する時、ポテチ成分談義の話題がお好き。