アジャツール 第18回 「書く」という行為を「楽しみ」に変換する万年筆の妙
はじめに
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。2007年一発目のアジャツールは、かなり趣味の世界に入ってしまいますがご了承ください。
この業界にいると、文書やメモをソフトウェア上で書いてしまうことが多いはずです。作業メモ、Todoリスト、日記、議事録などなど。筆者はテキストエディタ(Vim)を愛用していますが(執筆当時)、読者の皆さんはアウトラインプロセッサや、MS Word、Webアプリケーションなど様々なソフトウェアがあり、それぞれ使い分けられていると思います。
筆者はここ2年で手書きの頻度が以前に比べて飛躍的に上がりました。といっても主に自分だけで使う文書やメモ書きに限りますが、紙に向う時間を意図的に増やしています。手書きを増やすきっかけになったのが、今回紹介する万年筆です。
行為を退屈な作業から娯楽に変換する
万年筆は毛細管現象を利用して、ペン軸に格納されたインクをペン先に供給して紙に書くという仕組みのペンです。英語では「fountain pen(泉のペン)」というように、インクがペンから湧きでてくるように非常になめらかに書ける点がポイントです。その一方で多くの欠点もあります。
1970年代までは広く使われてきましたが、それ以降現在に至るまではボールペンにその座を明け渡したと言われています。最近ではマニアが使う高級文具のイメージが強いかもしれません。
筆者もほんの数年前までは、万年筆など持ったこともありませんでしたし、欲しいと思ったこともありませんでした。筆者はとても筆圧が低く、字を書く時にペンに力を入れて書かないため、ボールペンやシャーペンなどを使うと、薄くフニャフニャした字しか書けませんでした。(注:子供の頃に書道をやっていたからかもしれません)
無理に筆圧をかけて書くとすぐに疲れてしまい、手書きが億劫になってしまうという「ネガティブサイクル」を繰り返していました。
しかしあるきっかけで、万年筆の存在、つまり低筆圧でも書けるペンということを知り、低価格帯の万年筆を入手し、その書き味に一発で虜になってしまったのです。万年筆できちんとペン先が調整されていると、文字を書くのにほとんど力を入れる必要がありません。ペンの自重でペン先を紙にのせて、人がそのペン先の行く先をナビゲーションしてあげるだけでよいのです。こうなると書くのが楽しくなり、必要以上に手書きの機会を作りはじめるという「ポジティブサイクル」が回るようになるわけです。
筆者の知人でも、最近万年筆を使用する人が増えてきています。どの方も高級文具のコレクションというよりも、むしろ実用的に「もっと気持よく書ける」万年筆という点で惹かれているようです。一緒のチームだったある人は「万年筆は心を豊かにする」とまで言っていました。
万年筆はその名の通り、一度使いはじめれば、インクの交換、ペン先の調整をして長い間使い続けることのできる道具です。書いてインクがなくなれば使い捨てのボールペンが当たり前の時代の中で、物の大切さを感じさせてくれる貴重な存在なのです。
(注:アイキャッチ画像は、筆者の義父が亡くなった後に譲ってもらった1967年(昭和42年)発売のプラチナの万年筆。50年近くたった今でも現役である。)
万年筆に学ぶこと
万年筆を使っていて気づいたことは、「書く」という行為が万年筆を介することで「楽しく書く」に変換されてしまうということです。行為の結果は変わらないのですが、その過程を「楽しく」感じるかによって、行為そのものへのモチベーションが180度変わってしまうのです。
もちろん、手を使い楽しく、スラスラ書くことによって、アイデアが出やすくなったり、まとめやすくなる効果も実感していますが、それだけではありません。
「楽しさ」は必ずしも「効率的」ではありません。先にも取りあげた通り、万年筆は多くの欠点を抱えています。効率という「ものさし」でみた場合には万年筆はあまり価値がないものと捉えられてしまいます。しかし別のものさしを使ってみると、まったく別の存在感がでてくるのです。物事の価値は、ものさしによって大きく変ってしまうのです。
時代から一度はみすてられた万年筆が近年再び脚光を浴び、単なる高級文具マニアのアイテムではない、身近な実用品として捉えられているそうです。今までの効率というものさしではなく、別のものさしを時代が求めているという一つの現れではないでしょうか。人はひとつのものさしで物事を捉えてしまいがちです。けれども別のものさしでしか見えないことがあるということを、万年筆は筆者に伝えてくれた気がします。
最後に
ここまで書いてみると、なぜこれが「アジャツールなのだ?」という疑問がわくかもしれません。アジャツールの定義に「アジャイルな人が使っているツールである」というものがあります。私の回りのアジャイルな人々で万年筆を使う人が増えてきたので、胸を張って「万年筆はアジャツールである」と認定したいと思います。
Published at 2007/01/10.