私が日本語教育に携わるようになるまで

ao daiを着てご満悦な私。新年の挨拶の動画を撮りました

みなさんこんにちは、琉球大学理学部海洋自然科学科生物系に所属しています、三上蒼太と申します。

English-nameはMickeyです。
Vietnamese-nameはDuongです。

どうぞよろしくお願いいたします。

沖縄発教育系ベンチャーに勤めています。
現在はベトナム駐在員をしています。
日本語やキャリアやお金のことについて教える毎日です。

私のことについてはこちらに詳しく書いたのでよかったらご覧ください。

それはまるで某ジブリ映画のように

2016年はじめの私。
「とにかくベトナムで働きたいんです!」(ベトナムで働かせてください!)

2016年2月開催。沖縄学生ビジネスプランコンテストでのスライド1枚目

こんなことをビジネス”プラン”コンテストで言ってしまうような人でした。

黄色のシャツに赤いジャケットという最高にうるさい組み合わせ。これはベトナム国旗を意識したため

当然プランコンテストなので、これじゃ勝てないですよね(笑)

ビジコンの意図を完全に無視したプレゼンをしてしまい、居心地悪くて苦い顔をしています|д゚)

ただ、 鈴木隆宏さんや佐俣アンリさんをはじめとした名のある投資家の方々の前で「ベトナムで働きたいんです」と言わせていただいた。
フィードバックは、「意図と想いは立派。やるしかないよね」と。

そりゃそうですよね。
この日をきっかけに、1年の休学と、その期間でなんとかしてベトナムで働いてみることを決意しました。
また、ベトナム好き好き言いながら、ホーチミンしか行ったことがなかった私。
ハノイ行きのチケットも、ビジコン後すぐに買いました。

私は1年の休学に、
ベトナムに住んでみる。ベトナムで生活してみる。ベトナムの課題をたくさん探ってみる。ベトナムで、この未熟なぼくができることを探してみる。ベトナムで何か働いてみる。ベトナムに何かしらの価値を残してみる。ホーチミン以外、可能な限りいろんなベトナムを知る。
これらを目的として設定しました。

別に日本語教育に興味なんてなかった

悲しい見出しですがお許しください。

1年の休学を決めました。
しかし、沖縄での会社活動もあるのでいきなりベトナムへ行ってしまうわけにもいきません。
半年。前半6か月で沖縄の仕事を整理し、後半6か月はベトナムへ。
相談の結果、こう決まりました。

いくつかのツテをたどり、ベトナムで働く機会を提供してくださる企業さんを探しました。
しかし、自分が行きたいと思ったところはとことんタイミングが悪く、なかなか都合がつくところが見つかりませんでした。
休学生活をただ消耗してしまっているように感じ、正直不安だらけでした。

そんなある日。

Facebookに「ベトナム日本交流 On Facebook」というグループがあります。
ここで日本語教師の募集を見つけました。
「ベトナムで一番会員数が多い日本語学習コミュニティ」みたいな文句に惹かれ、メッセージを送りました。
募集先の代表とSkypeし、とっっっても意気投合しました。
「将来絶対一緒に仕事しよう」

すごくうれしかった。

しかも、代表は1か月後には沖縄へ来てくれた。
(彼女さんとのプライベート旅行を兼ねてだったが)
これまた、すごくうれしかった。

これほど気があって仲良くなってしまったら、そこ以外行く気はなくなります。
他にも4社の候補があったのですが、彼のところに決めました。

私は、”なにをするか”よりも”誰とするか。なぜするか”というところに価値を感じるようです。
”WHAT”よりも”WHY”です。

自分の心と直観が示す方へ!

やるしかない、行くしかない

沖縄県内での自己ブランディングとして、「ベトナムといえば三上」を意識しています。

突然声かけたのに、快くポーズ決めてくれたイケメンベトナム人と。

それは当然社内にもあって。

「三上はベトナムで新規事業する」というイメージを与え続けていました。
まだ何も実現可能性の高いアイデアがあるわけでもないのに。

「将来のベトナム進出に向けた現地視察」という名目で、当社の取締役を2人連れて2016年7月にホーチミンへ飛びました。
私を受け入れてもらう前述した企業のホーチミン支部への挨拶だけでなく、ホーチミンにいらっしゃる沖縄出身の偉い方々とのお食事の機会などもいただくことができました。

その都度その都度、私のベトナムへの想いを語ります。
会社としてベトナム進出したい旨も話します。
いろんな方々が私たちのことを知ってくださっていきます。

実現可能性の高いアイデアはまだなのに。

そして極めつけは。
ベトナムで働く経験を積むにあたって、沖縄県に応援の依頼をしていました。
沖縄県の企業が海外展開するための社員の現地研修を応援する事業があり、それに応募をしていました。
担当者さんの手厚いサポートのおかげで、私の依頼は無事採択されました。

「沖縄県」が、「がちゆんがベトナム展開する」ために応援してくださることになりました。
これにはお金も動きます。県のお金なので公共資金です。県民の税金です。

ここまで来ると、もうプレッシャーの山です。

社内。ホーチミンにいらっしゃる沖縄県人会の方々。そして沖縄県。
皆さんが、ぼくのベトナムでの成果を期待してくださっています。
いや、期待レベルは様々でしょうが、少なくとも私のことを知ってくださったいます。

周りへのアピールは「ベトナムで仕事をしたい」だったはずが「ベトナムで仕事を創る」になっていて、
自分の意識も完全にそうなっていました。

本当に、県のお金を使っていることは自分に毎日プレッシャーを与えます。
結果を出さなかった場合、それは人様のお金を自分の満足のためだけに使ったということになります。

「日本語教育現場で働く」ことは、ただご縁がありつながったことです。
しかしいつしかそこには「仕事を生む」という課題がついていました。

ただ、全くネガティブな気持ちはありません。
むしろ面白く思える性格です。

応援してくださる方々がたくさんいて、私のことを知ってくださっている方々がたくさんいて、
そして好きなベトナムで働くことができて、
そしてそこでのミッションがある。

環境めっちゃ整ってるし、自分がやりたいことだし、そのための休学だったし。
ワクワクしてるし。

こんな想いをかかえ、2016年10月16日那覇空港を出発し、ベトナムへ向かったのでした。

こんな感じでベトナムでの日本語教育がスタートしたんです

左:台北へ向かう機内から|右:ハノイへ向かう機内から
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