インド旅行記:はじめに

こんな装備でウロついておりました

これは私、武村沙紀が二〇一〇年一一月六日よりインドを訪れ三週間滞在しその間、手のひらサイズの手帳に米粒サイズの文字で書いていた記録を少し整理し書き起こしたものである。

何故、二六歳の女が一人で行った事もないインドに行くことにしたのか、それはまず「行った事が無かった」からだ。

しかし行った事の無い国は他にも無数にある。モロッコにも行っていないし行きたいのに 何故、インドなのか。モロッコにも行きたいのに。

世の旅行記で散々各々の思いや事情が語られてきただろうところに私も混ぜてもらうならば。無数の中から一つを選び取り「お前がいいんだ!なぜなら!」と理由を述べるのは対象への敬意を表し、何よりそこに思いがあるならば、書くしかないし書きたい。

物心ついた頃から本屋や日常生活の中で触れる情報の中でなんでか「インド」の文字が目についておりなんとなく行っとかなあかんなと思ったというふわっとした要因も大きいが、はっきりしているのは、サバイバルをしたかったからだ。

何故サバイバルをしたかったかに関しては幼少期より遡る必要があるので詳しくはできれば居酒屋かなんかで聞いてほしい、酩酊状態で。

人の旅行記やネットで現地の情報を拾い読みしながら、ぬくぬくと穏やかに日本で暮らしながら私は思った。

インドはなにやら一癖も二癖もあるところらしい。行くと大変な目に遭遇するらしい。…これは本当か?この大変そうなのは、本当か?大変なのが本当だとして、実際こんな目にあうとどんな感じだ?と好奇心を刺激され、やがて、私はそこで何を感じ、何を選ぶのか。

どう対処し、何をどう思い選択し、生きようとするのか、果たして自分は生きようとするのか、諦めるのか、コカイン中毒になるのか、気になって仕方が無くなった。インドでの私が気になって仕方が無かった。自分への執着は私の性分だった。わかりやすく言うと私は飢えていた。

何不自由なく暮らし、やれおやつを食べすぎて太っただの、やれ私のハリボーを食べたのは誰だだの、やれカッチェスのフルーツカウギスも美味しいだの、でもやっぱりなんだかんだ一番好きなのはスルメだの言いながら、どうしようもなくガリガリだった。全くの栄養不良、実感と言う栄養不良の側面があった。

スルメを噛むと顎が鍛えられ発達するが塩分ばかりでろくな栄養も無い様に、知識と思考で頭は膨らんでいくが生死の実感は乏しかった。そんな目に遭ったことが無いという幸福と贅沢な飢えがあった。

芥川龍之介は言っていた

「生を生きぬ者は死をも死ねない」と。

私は日常生活での穏やかでささやかな喜びを実感しつつも、どこまでも自分を疑っていた。人生においていずれ来るまだ知らぬ「死」への興味からも、今ここにある生を疑った。

果たして私は生きているのかを。

生きよう、とする程のギリギリ死にそうな状況、生きようとしなければ死ぬ状況がインドだからこそある、という訳では無いだろうが、日本で京都の片隅でパソコンの前に座りネットでおもしろ画像を見て笑っているのよりはありそうじゃないか。

死にかけたら私がどんな感じで生きるのかがわからない。だって死にかけた事が無いから。私は知らない。インドに行ったことがないから。インドでの私を知らない。インドで私が何をどう感じどうするのか、この地点では誰も知らなかった。

経験が無いと何も語れない。自分の事でさえだ。

哀れな程の自分への執着の果て、それがインドだった。

よし、行くか。とそんなところだった。

そしてフライトの前日の夜に私は泣いていた。

全て自分で手配し、一人というと心配するだろう親には「友人と行く」と嘘をついておいて前夜になり全身全霊でインドに行きたくないと思った。

「怖い。怖すぎる。なんでこんな事に。私はいったい何をしているんだ。何を考えているんだ。なんでインドに行かなきゃいけないんだよ!」

脳はエンドレスで理不尽に自分に罵声を浴びせた。

不安しかなかった。

確実に手配してあるのは行きと帰りの飛行機のみ。

もっと現地の日本人宿を手配しておくとか、そういうまともな事をしておけばまだ安心があった気がするが

しかし準備中に

「後は全て現地でどうにかする、するんだ、しろクソッタレ!」とこれまでの人生でニ度現れた私の中のハートマン軍曹が三度目の出現を果たして吠えたのだ。応えるしかないサーイエスサー!

この件に関してはインド上陸直後にハートマン否、自分の計画性の無さ、慎重性の無さ、無謀さ、単純にアホさを痛感し学ぶ事となる。

ただしく、私は、知らず、なにもわかっていなかった。

インドでは「自分探し」に行きバラナシはガンジス川の中心で「人生観が変わった!」と全裸で叫ぶのが一時期トレンドだったらしいが、旅の最終地バラナシに着いた頃、私は病的な程に執着した自分のままインド人の唾(痰)を足に付着させ歩いていた。

ちょうど踵と草履の間に吐きかけられたインド人の唾(痰)を洗い流す為に、反笑いで足を引きずりガンジス川を目指していた。

詳しくいうと。

ただ草履でぺたぺた歩いていたところ、すれ違い様そのぺた、の一瞬、一瞬にできる踵と草履の隙間に唾(痰)をかけられ、何も知らない無防備な踵はそこに何時も通りゴム製の草履が広がっていると舞い降り、しかし草履は粘性の液体にまみれ変わり果て、ねちゃねちゃで、もう別人だった。

これは今までの、かの草履では無いと感触で察した私はすみやかに踵と草履に距離を取らせ、足を引きずり始め、人生観より踵と草履の衛生環境を変えたくてガンジス川を目指した。視線は前にしかやらなかった、足裏を直視する勇気はなかった。

ガンジス川に着くと景色を眺めること無く、ひたむきに淀んだ川を見つめ草履ごと泥水に足を突っ込み揺すり洗った。なんの感慨も無く真顔だった。

得体の知れないゴミがぷかぷか浮いていた。衛生環境は悪化する一方だった。精神状態も悪かった。

バラナシはガンジス川のほとりで、付着したインド人の唾(痰)を洗い流しつつ汚れていくという矛盾した行為にトレンドはやってこない。心の中で叫んだ。

「カエリタイ!」

あんまりな事が起こると、怒りと哀しみを通り越して笑う、という事を私はこの旅で知った。

そんな未熟な人間の未熟な旅の記録を楽しんで頂ければ幸いです。

インド旅行記 インドで絶対にインド人を信用するなってインド人が言ってた

インドに翻弄されたりインド人詐欺師と対決したりインドで奮闘した女の記録

Saki Takemura (武村 沙紀)

Written by

日本は京都からカナダに移住目指して滞在中の漫画家、エッセイスト。英語をゆるゆる勉強しながら、漫画創作や文章を書いて遊びます。死ぬまで物見遊山、生きてる間は夏休み。

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