大切なものってなんだろう?:人喰いの大鷲トリコ

くう、くらう。ショク。楽しみのための食事ではなく、生存のための食事を意味する。 日本で考案された国字。「食」に「口」を添えることにより、その動作性を強調した会意文字。

人を喰う化物。それが今回のタイトルでもある大鷲トリコを表す言葉でした。

このゲームをクリアした人は、この言葉の持つ意味をどのように考えたでしょうか?ゲームをプレイしていない人にとっては、「何てことは無い。それも1つの食物連鎖なのだ。」あるいは「人を喰う。なんて危険な生物なんだ。なんとかしなければ。」そのように考えるのかもしれません。

しかし、これはそんなに単純な話ではありませんでした。

何故ならトリコたちが人を襲い喰らう。そこには人間(遥かに文明の進んだ古の王国)の意思がトリコをそのようにさせていたからなのです。

おぞましい兵器へと

トリコの持つ力は絶大でした。トリコはその大きな翼で空を駆け巡り、頭から生えた角により周りを感知し、大きな尾で雷を操ることが出来ました。古の王国はトリコの持つその力を利用するために研究を行い、遂には彼らを操るための「仮面」や「ガラスの目」そして力の源である食事を作るための「製造機」を完成させました。

古の王国はこのような道具でトリコを操り、この世界を支配しようとしていたのだろうと思います。

問題はトリコたちの食べ物でした。トリコにとっての食事は他の生き物と同様に、生きる上でもっとも重要なことであり、抑えられない本能です。古の王国はその食事を恐るべき禁断の方法で利用したのです。

それは人を喰らうことでした。トリコは仮面により正気を失い、人を喰い、それを巣へと届けました。問題はここからです。トリコに食べられた人間はトリコの体内で液状に消化され、トリコはその液体を塔の上の製造機へと入れることで、食べやすい樽へと形を変え、それを食べていたのです。

謎の製造機

トリコたちにとっては人を食べようが、木の実を食べようがどちらでもいいことなのかもしれません。それは人間も同じことです。本来、喰うことは生きる上で必要なことで、それを咎めることなど出来ません。ましてや相手は動物です。しかし、人は考えてしまうのです。どちらがより正しい行いなのかどうかということを。

では何かを正そうとする気持ちは一体何処から来るのでしょうか?

誰かのことを思えばこそ

そして、自分はある1つの事実に気づきました。それは自分もトリコも常にお互いのことを気にかけながら行動していたということです。

この「他の誰かの存在」と「互いに思い合う心」が、正しい行いをしようと思うことのきっかけなのではないかと思います。

例えば、この星に自分1人だけだったとすれば、きっと正しい行いなんてしないだろうな。それを判断するのは自分だけだから、そもそもそれが正しいかどうかなんて何の意味もありません。

だけど、2人ならだろう?きっとよく考えるはずです。それはもう1人がとても大切な存在だからです。

自分たちは現在、数え切れないほどの多くの人達に囲まれています。大切な何かなど考える余地すら無いほどに。振り回されているのです。2人なら話は単純です。正しい行いは2つに1つ。しかし、今は日本人だけで1億人以上も存在している。

周りを見れば物に溢れ、人に溢れ、そのような状況の中で自分にとって何が本当に大切なのかを考えることはとても大事なことなのかなと思う。トリコと一緒に冒険する中でそんなことを考えました。

あとがき

このゲームをプレイしてから何よりもまず、トリコという存在のリアルさに驚いた。毛並みと良い仕草といい。しかも、何も指示を出していないのに、気づけば思いがけないところにいたりする。

果たして、トリコは実在していると言えるだろうか?念じれば生じる。そんな言葉があったと思う。だとすれば、トリコの事を考えているということがトリコの実在に繋がるのだろうか?

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