ごく個人的な同性愛観

「別に『好き』なんだから良いんじゃないの」

結論を言えば、「自分は同性の姿に憧れはしても同性を好きになることはないけど、他人ごとだとしても、好きになったならそれはそれで良いんじゃない?」という価値観でいます。そこに性別の壁を設けはしません。

(とはいえ、ノンケゆえ、自分にその感情が向けられると流石に困りますが)


例えばの話です。あなたは「I love you」をどう文章で訳しますか?

ごく一般には、単に「大好きです」とか「愛しています」と訳すのが普通ですが、主語が抜けているので足しておくと、これも一般には「『私は』『あなたが』大好きです」とするでしょう。

ここまで同意頂けたとすると、もう一つ質問がございます。

その「私」と「あなた」は、それぞれ男性でしょうか、女性でしょうか。

これは「あなた」の性別で「私」の性別も決まることが多いかと思いますが、元の英文の主語「I」や目的格の「you」は性別を決めているでしょうか?

ここからはごく個人的な意見ですが、この英文だけでは、どちらの性別も分かりません。古典で主語が見当たらないのと同じ感覚です。これは「大好きです」という事実を伝えている、ということしか分からないですし、その「好きである」という感情には性別を決める要素は無いと考えています。

そういう解釈も含め、同性愛については、自分の中では「『相手が大好きである』という事実があって、それがたまたま珍しく同性(場合によっては両性)に向いている」という解釈をしています。

幼い頃の記憶を辿れば、その頃に仲の良かった女の子というのは、単に「一緒に遊びたい」という程度の感覚であり、もしかしたら、同性愛に限らず、恋愛感情というものはそういうものなのではないか、と思うわけです。

あとは、それが自身にさえ向いてなければ、「他人ごと」、「ただの他人の人生」なので、首を突っ込むのも無粋(格好悪い)ですし、「向き先が珍しいね」で話が済むことなのです。

そういう意味で、今の感覚としては、特別に嫌悪感を抱くことはありません。自分の中にそういう要素が無いというだけで。


さて、同性愛と一括りにして語ってしまいましたが、次回は、そういった性別に関わる用語というのはどういうものがあるのか、少し調べてみて、ご紹介できればと思います。