自分は他人を愛せるのだろうかという疑問

ふとした疑問

音楽・小説それぞれのTwitterアカウントで「ふたりオムニバス」というシリーズ・企画をやっていてふと気づいたことなんですが、「自分はアセクシャル(無性愛者)なのでは?」という疑問が頭をよぎることがあります。

相手を全体として見ずに、要素要素でみてしまうというか、総合芸術を「記号」の集合としてみてしまうというか。

一応釈明しておきますが、性的志向に関しては一般男性と同じく女性に向いております。精神的な性別は身体と同じく「男」なんだろうなという自覚です。

一方で

恋愛的志向はというと

恋愛感情を抱いたことがあるかと聞かれると自信が無く、とはいえ男性(同性)に向くわけでもなし、でも女性に特段「ドキッ」とするわけでもなく。

多分それは吹奏楽部で(良くも悪くも)女性慣れしてしまっている、で説明が付きそうな気はしているのですが、仕事の飲み会とかで「好みのタイプは?芸能人で言うと?」というテンプレ質問に、全く答えられないというのが現実。

そもそも顔と名前を一致させるのに時間のかかるタイプなので、好みかどうかも分からないうちに忘れてしまうことも決してないわけではなく。

言ってしまえば

「恋愛とは何ですか?」状態。親愛とか家族愛というのは理解しているのですが、「恋愛=良いもの」という知識はあれど、いまいち実感として理解していないのです。

なので、ドラマでやっているような、漫画やアニメでやっているようなラブストーリーというのに、なかなか共感出来ないでいるわけです。

恋愛感情が誰にも向かないことを「アセクシャル」という訳ですが

出会いの場に行って「目覚める」なら、おそらく生きていく上で支障は無いのでしょうけれど、何も感じなかったら、いよいよ本格的に「そういう当事者かもしれない」と疑うべきなのか、と思ってしまいます。

もちろん、恋愛だけでなくて、結婚すること、家族を持つことが「良いこと」であることは理解はしていますし、パパッと結婚してしまえばそんなことも関係なくなってしまうのでしょうけれど、婚活をするとして、それにお相手を付き合わせてしまって良いのだろうか、と。

良くはないんだろうな、とは思うのですが、この気持ちをどう向けたら良いものか分からず、久しぶりに書いた投稿がこんな悩みになってしまいました。

ますます自分が分からない、うらひとでした。

ノンケ男で百合好きだけどLGBTQ+って実際どうなの?

うらひと@色々模索

Written by

版権一次創作ごった混ぜの文字書きアカウント。自創作では「モリミヤSKAバンド」など。界隈で百合ものもかじってますのでご注意。

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同性愛者じゃないのに同性愛の創作が好きで実際の同性愛に関心がある男の戯れ言

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