暴力

フランスのメディアがテロの被害を受けたと聞き、暴力について少し思いが及びました。でも、現実を生きるのに役立ちそうな意見や結論は特に思いつきませんでした。

「気にくわないこと言ったからっていちいち殺されてちゃ割に合わないよね」予備校の時、同じクラスの人との世間話で、当時における似たような事件について私がそういうと、相手はこう言いました。「でも、言葉でも人は死ぬから」なるほどなと思いました。言葉の暴力ってのもあります。言論vs暴力っていう、異質なものの間の対立じゃなくて、言葉による暴力と武器による暴力が同じ土俵で喧嘩してるだけっていう見方はありだなと思いました。目には目を、の昔からやられた分やりかえそうと考えるのは自然な発想です。自分が崇め尊んでいるものが無造作に風刺されているのを知ったら、そこに言葉の暴力を見いだし、やられた分を武器なり何なりの何らかの手段による暴力で返そうと考えても無理は無いです。

でも、やられた分をやりかえするのは自然でも、やられた分を百倍にして返すのはフェアじゃない気がします。風刺画で笑うという暴力に対して、笑った人間の生存を抹消するという暴力は、一万倍返しぐらいに思えて、やられる方から言うと割に合わなくて不公平だと思います。なぜ、言葉の暴力だけがそんなに手酷く報復されなきゃいけないんだ、それじゃ、言葉の暴力よりも武器の暴力ふるうのが得意な人ばっかが得してズルいじゃんか、と。

でも、風刺画を描かれた方から言わせると、そもそも受けた痛みが一万なんだ、だから一万を返すのはただの等価交換で無茶苦茶フェアだ、ってことなのかもしれません。暴力を受けた側の痛みを第三者が公平かつ明確な基準で量るのは難しそうなので、やられた分に見合ったやり返しかどうかという論法は、ただの水掛け論になるだけで役立たないと思います。

一方、テロに対してはこうゆう論点もあります。やられた人、一人一人に、やられた分のやり返しをいちいち認めてたら、無法地帯みたいになって安心して暮らしていけないよ、例えば、今の日本じゃ、昔と違って、やられた人が直接に敵を討つ殺人なんて認められてないでしょ?、やられた暴力に対するやり返しは、やられた人が直接やるんじゃなくて、暴力をふるう専門の係の人-―-例えば、警察や司法機関や行政機関-―-が、所定の手続きにのっとってやる仕組みにするしかないよ、そうじゃなきゃ、毎日、安心して暮らせなくなるよ、そういう論点です。マックスウェーバーという人は、「近代国家は特定の範囲内で正当な物理的暴力行使の独占を要求する共同体だよ」という意味のことを言いました。無理の無い主張だと思います。お巡りさんだけが独占的にピストルを撃てる仕組みの方が、みんなが撃てる社会より結果的には安全な気がします。言葉の暴力であれ、武器での暴力であれ、やられた人が直接やりかえせる範囲は、安心して暮らせるレベルのやり返し方だけに制限して、後は暴力の専門家がルールに基づいてやり返しを代行するしかないと思います。そうでないと治安が悪くなりすぎて暮らしにくいです。

ところで、「正当な物理的暴力の行使」っていう言い方は、日常会話での「暴力」の意味からすると形容矛盾ですね。だって、日常会話では、正当な物理的実力行使を「暴力」とは呼びませんから。正当だったらそもそも「暴力」とは言わないですよね、日常会話では。例えば、学校に行くのを嫌がる子供を、親が無理やり行かせるのを普通、暴力とは言わない。行かせるために親が子の横っ面をはたいてすら、暴力じゃないと思う人の方が多分多いでしょう。または、成田空港の建設に反対して座り込む反対派を機動隊が排除したって、それを暴力と思わない人の方が多分多いでしょう。なので、正当なものまで含めて実力行使一般を暴力と言っちゃうのは、普通の人の感覚と懸け離れちゃうところがあって、で、普通の人の感覚と懸け離れた言葉でする話は、私みたいな普通の人が毎日を生きていくのに役立たない話になりがちで、あんまり良くないことだとは思うんですが、それでも、この、実力行使一般を一括りに暴力と捉える発想は、それなりに意義があるんじゃないかなぁと思うのです。というのは、正当だろうが不当だろうが、行使される方から見たら、実力行使はやっぱイヤなものなわけで、その、行使される側の嫌な感じを忘れたり軽んじたりしないために、正当な実力行使も含めて「暴力」と呼ぶ態度は必要だと思うんです。まぁ、仙石という政治家はこの用法で「暴力」を使って随分叩かれましたけども(笑)。

というようなわけで、まともに生きていくのにはまるで役立たないようなことしか、暴力に関しては思いつきませんでした。私の心に、普通な感覚を欠いた大きな空洞でも空いてるせいかな、なんて思ったりもします。

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