1音1音に意味があって尊いという
大和言葉の世界観に立てば、
一音の間違いが命取りともなる。
代表的なのが、古事記の上巻(かみつまき)…
天地初めて發けし時の「高天原」は
「タカマノハラ」や「タカマガハラ」ではなくて
「タカアマハラ」と訓みます。
「タカアマハラ」と訓んではじめて意味が通じます。
「アマ」は宇宙のことを指しておりますから「アマハラ」でないと意味が通らないのです。「タカマノハラ」では訛った言い方になってしまいます。(神主さんが祝詞を上げる時など、どうしても訛ってしまうようですが)。
何故そうなのかと言いますと、ちゃんと原文に注が施されているからです。
「高の下の天を訓みて、阿麻と云ふ。下此に效(しもこれにならへ)」
(原文の注)
とわざわざ書かれているのです。
同様にその「タカアマハラ」の神様ですので、
「アメノミナカヌシ」ではなくて
「アマノミナカヌシ」と訓みます。
それから「アメノトコタチ」も「アマノトコタチ」と訓み上げたいと思います。
(参考文献:林先生『古事記の宇宙』)
従って、地球を離れた宇宙のことは「アマ」
私たちが生活する天地になれば「アメ(ツチ)」
だから「アマノミナカヌシ」は、
天地の天(アメ=空)に限らず、
全宇宙(アマ)を司る尊い働きだからです。
従って「アマノミナカヌシ」と発音されたい。
だから、こういうリアクションはうれしく、尊い。