一人の時間

孤独のもつ肯定的な意味

私はここ数年、
「一人でいる時間の大切さ」
「孤独の持つ肯定的な意味」
を講演会や著書などで説いてきた。
読者からはずいぶん多くの共感の手紙をいただいた。

今日の切り取りは、読むだけで心のクヨクヨがふっきれる22の方法(諸富祥彦)からです。

子供の頃から人間関係や友達関係に悩んできた人は?
「私はこれまで友達がいなくてずっと悩んでいました。
中学生の頃まで、親や教師からも、どうして友達ができないんだ。もっと友達をつくりなさい、といつも言われてきたので、『友達ができない自分はダメな人間なんだ』と思い込んできたんです。
でも、先生の本を読んで、ああ、ひとりでもいいんだな、無理して友達をつくる必要なんてなかったんだ。そう思うと、少しホッとすることができました。
もしも私が中学校の頃に、『友だちなんて、いなくてもいいんだよ。私があなたの一番の親友だからね』・・・そんなふうに言ってくれる大人と出会うことができていたら、どんなに幸せだったろうと思います」

子供の頃から、友だちに恵まれてきた人の反応は少し違う。

「たしかに、友だちとの付き合いは面倒くさいと感じることがある。でも、友だちがいないとさみしいし、まわりからヘンな目で見られそうだし、一人になるなんてやっぱりできない」

kanna(●、。●_)

一人になりたいと思うときがある。一人でいるのに一人になりたいと思うときがある。静かに一人で思いを巡らす時間がほしいときがある。私は、孤独がきらいだけど、一人になることは好きだ。孤独とは、誰とも繋がっていないということを実感していることだと思う。孤独のもつ肯定的な意味ってなんだろう。

(●。」・●)_怒ったとき、孤独は感じません。悲しいとき、孤独は感じていません。感情の起伏がしばらくないとき、一人でいるんだと感じるときがあります。でも孤独かと聞かれても、答えられませんが、ちょっと違うかもしれない。大金持ちでも、ホームレスでも、大家族の一員でも孤独はあります。

孤独の持つ肯定的な意味を考えてみました。

Wikipediaによれば、孤独(こどく、英: solitude)とは、他の人々との接触・関係・連絡がない状態を一般に指す。とあります。式にすると、

【孤独=人々との接触・関係・連絡×無い状態】になります。無=0 を代入して、【孤独=人々との接触・関係・連絡×0=0 】つまり、【孤独=0 】となります。さらにWikipediaで「0」を調べると、

  • 0 は数量が空っぽであることを意味する数である。兄弟が0人いるというのは兄弟がひとりも居ないことを意味し、重さが0であるというのは重さが無いことを表す。あるいは二つの砂山の砂粒の数の差が 0 であるということは、その二つの砂粒の数の差がないことを意味する。【0=無い】
  • 数を数えはじめるまえは、ものが 0 個であると仮定することができる。天文学者などは計算上不都合があるため暦に紀元0年を含めて考える。また、(紀元)0年という文言は、時間における新しい起点となりうる、非常に意義深い出来事を記述する場合にも用いられることがある。【0=起点】

つまり、孤独=無=起点 ということになります。

なんとすごいことでしょうか。さらにwikipediaで「無」を調べると定義が以下のようになります。

  • 物事が存在しないこと。絶対的虚無であり、存在論(有論)に立たず、言わば、「無論」に立つ。
  • 物事が、ある状態の下にないこと。ゆえに、他の状態にはあることが含示された存在論に立つ。

孤独は、絶対的虚無であり、物事が始まる起点なのです。

(●、」。●)_なんかすごいですね。びっくりです。

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