「当たり前」が違う人と話すと世界が広がる

「住む世界が違う」なんてことはなくて「見えている世界が違う」のが本当のところ

タイトルに世界が広がると書きましたが、「世界を見る窓が大きくなる」のほうが表現として正しいですね。

世界は変わらずそこに存在しているけど、私たちがそことインタラクションを取るための窓は人によって大きさが違う。「当たり前」が違う人と話すことで、その窓が広がっていく感覚があります。

だから、私が好きで有意義だと思う会話は

「相手には当たり前だが自分には当たり前ではないこと」

「自分には当たり前だが相手には当たり前ではないこと」

を交換できる類のものです。

そういった会話になるかどうかは相手に依存しません。どんな相手にも自分と違う視点、感性、経験があるので、必ず学びがあります。そう考えると、出会うすべての人が自分の先生になります。

「すべての人が先生」と言うとちょっと意識高い感じになっちゃいますね。学びを目的としない、コミュニケーションのためのコミュニケーションもあるので、何でもかんでも学びのための会話にしたいわけではありませんよ。

意識高いことを言っても、ちゃんと行動が伴っていればいいんじゃないかなと思っています。意識高いこと言いながら実践していない人はダサいですが。

ちょっと脱線しました。

空気のような「相手の当たり前」をつかむ

さて、相手にとっての当たり前は空気のようなもので、自然な会話の中で相手の口から出てこないこともあります。だから、「当たり前のズレ」の兆候を見つけたら掘り下げることが、学びを最大化するうえで必要になってきます。

わたしの場合、「当たり前のズレ」の兆候は、まず違和感としてやってきます。

その違和感を感じたら、素直に「Why?」と訪ねてみます。ただ、このとき詰問するようになってはいけません。相手は「自身の当たり前」についての専門家なので、弟子入りするような心持ちで質問します。

あくまで興味を持って訊いているのだという態度を示すことです。テクニカルな話ですが、身を乗り出して話を聞いたり、相手と自分の間にあるテーブルの上のモノを横にどけたりすることも、相手によってやることがあります。時折、自己開示なんかも織り交ぜていくと盛り上がりますね。また、相手のアゴの動きに合わせてこちらも相槌を打つと親近感が湧きやすいみたいです。

ここまでやらずとも、「当たり前のズレ」からくる違和感に興味を示して聞くだけで十分です。そのようにして互いのズレを埋めていく会話は特有の楽しさがありますし、自分にとっても相手にとっても学びの多い会話になります。

時間はあっという間に過ぎ、会話が終わる頃には自分の「窓」が大きくなり、見えていなかったものが見え、感じていなかったものを感じられるようになっています。さらに、不思議と親密感が高まっていたりするのです。

(ただし、親密度を高めることを目的とするなら、ズレではなく共通点にフォーカスを当てたほうが良いです。)

インタビューや営業にも使えるマインドセット

この「当たり前のズレを埋めて学びを最大化する会話」という考え方は、ビジネスにおいては営業やユーザーインタビューとも相性が良いです。

特にユーザーインタビューについては以前書いた記事があるのでそちらも参考にしていただければと。


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