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退職して起業しようと思ったけど結果的にフリーランスになる話

どうも黒田です。ご報告ですが、2015年8月からフリーランスに転身することにしました。過去の経験やお付き合いから既に1つ案件は決まっていますが、まだ少し対応可能なので何かお手伝いできることがあればご連絡ください。(採用関連はスローガン社に連絡してもらったほうがいいです)

一部のかたには起業するということでご連絡していましたが、事情が少し変わった理由もここで報告できればと思います。

現職のスローガン社には本当にお世話になりました。7月24日(金)が最終出社日なので、あと僅かです。2013年8月からジョインしたので、丸2年になりますが、本当に色々な経験をさせてもらいました。

人の可能性を引き出し、 才能を最適に配置することで、
新産業を創出し続ける。

私はスローガン社のこのビジョンに心底惹かれました。自身でも3年半前に起業し、ITベンチャーの代表をしていて感じたこととして、「ヒトの不足が企業成長のボトルネックになっている」ということでした。事業をスケールさせようと思っても、それをできるヒトがいない。これは自分の会社として問題であるという以上に、日本の産業全体にとっての問題だと感じました。 そういった問題意識から、社長を退任し(いま思うとホントに自分勝手ですね)スローガン社の事業にジョインしたわけです。この決断は、今でも間違っていなかったと思います。

実際に働き出してみても、中の人も本当に優秀でユニークだし、お付き合いしているクライアントも素晴らしい成長企業ばかり。さらに、セミナーや面談に来る学生も、本当に学生なのかと思うくらい優秀な人も多い。まさに才能の交差点といった環境でした。だから、少し前まで本気で「5年や10年はここでやろう。スローガンの成長と産業の活性化にコミットしよう」と思っていたのです。

ただ、その頃の私は少しばかりノンキだったというか、5年後や10年後に自分が当たり前に働ける前提でいました。なんなら90歳くらいまでは現役で働いているつもりでキャリアプランを立てたりもしていたくらいです。しかし、詳細は意図的に伏せますが、個人的な事情があってこの「いつまでも働ける」という前提を撤回してキャリアについて、人生について考えなおす必要がでてきたのです。

でも、考えてみれば当たり前の話で、人間はそもそもいつか死ぬわけなので、いつだって余命を何に使うのかを考えていかないとならない。30歳にしてそのことを強烈に意識するようになりました。そして、後悔のない選択をすることにしたのです。ちょうどその少し前から、やらなければならないと思っていたことがあったので、思い立ってすぐに退職の意向を伝えました。自分のWillを優先した身勝手な選択にも関わらず、私の事情を慮って理解を示していただいて、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません。

退職の意向を伝えた後、ふとあることが心に浮かびました。

そうだ、起業しよう。

職業柄、学生と面談やセミナーで接する中で「以前社長をしていて」という話をすることがあったのですが、その話をするたびに感じていた鈍い疼きのようなものがありました。それは「起業経験を昔話のように語る自分」に対する不甲斐なさ。俺だってまだやれることを証明したいという気持ちもどこかにあったのでしょう、そこから起業に向けて動き出していました。まず以前から構想があった事業プランのうち1つについて事業計画書を作り、資金計画を立てました。その後、以前お世話になった人たちに声をかけ、事業への協力や資金調達の相談をし、チームを集め、会計士の先生に相談し、VCのかたたちと打ち合わせし、7月上旬には登記するだけという段階まで来ていました。

しかし、ここに来て自分の愚かさに気が付きます。社員として働くにしろ起業するにしろ、何かを実現するための手段だと思っていたはず。それなのに、このときの自分は起業を目的化していました。目的と手段の履き違え。仮にあのとき登記して資金を入れてもらって動き出したとしても、私の場合はうまくはいかなかったでしょう。

これが起業を取りやめた理由の1つです。もう1つの理由を話すには、少し追加でお伝えしなければいけません。それは先ほど伏せた「いつまでも働けるという前提を撤回」したことに関連しています。ここまで読んでくださった方には、以下できちんとご説明します。

実はいま、私は臓器特異性自己免疫疾患の1つである脱毛症を発症しています。去年の12月頃に発症し、今では95%の頭髪はありません。ストレス性の疑いもありましたが、遺伝的なもののようです。最初は動揺しましたが、今では慣れました。ちなみに、もうヒゲも生えないですし、鼻毛もありません。眉毛も左側はなくなりました。右側のまつげもありません。最初は局所的なウィッグや帽子で隠していたのですが、症状の進行は止まらず、今では全頭脱毛となりました。それに合わせてウィッグも全頭型のものに替えています。

実際こういう症状になってみると、実は悪いことばかりではありません。髭剃りも不要になり、アタマを洗うのも一瞬で済みます。さらに髪型のセットにも時間はかからないですし、美容室に行くお金も浮きます(笑)

ただ、気楽に構えてばかりもいられない理由があります。脱毛症は、免疫が誤って毛根を攻撃してしまうことで発症するのですが、これが最近では赤血球に対する攻撃に転じることがあり、貧血症状(自己免疫性溶血性貧血)を起こすようになってきたのです。これが進行すれば、今後は神経や消化器などに影響をおよぼす可能性があります。現状は週4で働けていますが、これが10年後にどうなるか。

あくまで可能性なので、「〇〇歳になったら発症」という事は言えないですし、もしかしたら自己免疫疾患は進行せずに脱毛と貧血だけで済むかもしれません。こればかりはお医者さんでも分からないようで、今は様子を見ている状況です。どうしても治療しなければまずい状態になれば、ステロイド等で対処療法する予定です。

そんな体調面の理由もあり、「いつまでも働ける」という前提を撤回するに至ったわけです。だから起業については、現在は一旦保留にしています。体調面が何かの拍子に回復し、仲間に恵まれ、事業化したいプランがあったなら、その時にまた考えたいと思います。今回起業騒ぎに巻き込んでしまった皆さん、申し訳ありません。

なんで、私がフリーランスに。

さて、なんだか四谷学院の車内広告みたいになりましたが、このことについてもお話しておかなくてはと思います。

端的に言うなら、体調面の事を考えた時に、事情を理解していただける特定の企業に甘えていくのはよろしくないと思ったのが、フリーランスになろうと思った理由です。

1つの企業の特別な配慮に依存するのではなく、自分の働けるペースで週2日でも週3日でも自力で稼げるようにしておくことが、私自身にとって安定を意味します。現職での配慮は本当にありがたいのですが、何年もそれに甘え続けるわけにもいかないのです。30歳と言えば論語で孔子の言うところの「三十而立」。自分の足で立たなくては。

さらに、スローガン社での仕事柄、働き方について思索する機会が多く、フリーランスやクラウドワーカーという働き方・生き方に興味があったのも事実です。良い話も悪い話も聞きますが、どれがどこまで本当かわかりません。なので自分自身でその生き方を実験してみようと思ったのです。その結果として「三十而立」ができたら、またスローガン社のお手伝いをさせてもらえたら、それはとっても嬉しいなって思います。

最後に、

これまで会社員や社長、フリーランスと、色々な働き方をしているのですが、こういう生き方に巻き込んでしまった妻には本当に頭が上がりません。なんだかんだ、「ちゃんとやるなら好きなことやっていいよ」と言ってくれる彼女の度量の広さに、毎度救われていますし、外れかけた私の道を正してくれることもしばしばです。結婚直前に起業したり、今回のように家を買った直後にフリーに転身したり、タイミングが悪いのはいつものことですが、それでも一緒に生きてくれる妻は、私にとって最良のパートナーだと確信し続けています。

そんなわけで8月からまた新しい働き方に変わりますが、
今後共、末永くよろしくお願いします。

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黒田 悠介

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Yusuke Kuroda(黒田 悠介)
文系フリーランスって 食べていけるの?

「フリーランスを実験し、世に活かす」という活動ビジョンのもと自分自身を実験台にしているフリーランス研究家。東京大学→ベンチャー社員×2→起業→キャリアカウンセラー→フリーランスというキャリア。ディスカッションパートナーを生業とし、新規事業の立ち上げを支援。その他、議論メシ代表。FreelanceNow発起人。