たまには「仕事と幸福」のことを考えてみる。年末だしポエムなかんじで。
仕事とは、他者への貢献。幸福とは、他者への貢献の実感。
いつもとちょっと変わって、わたしの思う
仕事と幸福
について書いてみます。
キャリアや働き方について何年も考え続けたわたしの、もしかしたらマイナーな、しかし自分の経験に根ざしている個人的な感覚を表そうということです。
わたしにとっての「仕事と幸福」
仕事とは、他者への貢献。
幸福とは、他者への貢献の実感。
わたしの感覚はこれです。ご覧の通り、「仕事と幸福」が密接に結びついています。(勘のいい方はアドラー心理学の影響を見いだすでしょう)
では逆に、仕事以外で幸福を感じるのはどんなときかと言うと「存在自体が相手に貢献していると感じられるとき」です。
DoではなくBeによって他者に貢献するときをイメージしてください。あなたがいたから頑張れた、あなたがいるから楽しい。そんな風に誰かが感じてくれたら幸福だと思います。
反対に、仕事をしていても幸福を感じられないのはどんなときでしょう。それは、「貢献の実感」がないときです。
どんなに仕事(らしきこと)をしていても、他者への貢献が感じられなければ幸福にはなれません。
仕事とは、他者への貢献。
幸福とは、他者への貢献の実感。
このとてもシンプルな考え方を念頭に、わたしは行動と選択をしています。仕事は幸福になるための手段の1つです。そして、仕事で幸福を感じるには「貢献の実感」があればいい。
それ以外は余計です。
貢献への「感謝」はなくてもいいです。もちろん感謝されたら嬉しいけど、仕事は感謝によって条件付け学習されるものではありません。そうなると、感謝されなかったときに相手を裏切り者のように感じてしまうこともありえます。
貢献への「謝礼」も必要以上には要りません。収入と幸福度は、一定の金額を超えるとほとんど相関がありませんから。謝礼よりも、目に見えない信頼の方がありがたい。
貢献の「規模」もあまり気にしません。どんなに小さな貢献でも、意味付けによってどこまでも広い視点で貢献を実感できますから。ビジネスには規模が求められますが、個人の仕事に規模の大小で尊卑はありません。
わたしにとっては、感謝も、謝礼も、規模も、「仕事と幸福」を考えるときには余計なことです。
貢献の実感があればそれでいいのです。
余談:幸福と快適
ちなみに、フリーランス特有の働く場所や時間の柔軟性、共に働く人やプロジェクトの選択可能性は、幸福とは別のはなし。
それらは「快適」をもたらしてくれます。でも「快適」は「幸福」とは次元が異なります。
快適だが幸福ではないことも、快適ではないが幸福であることもありますよね。
<関連記事>
facebookページ / Twitter をフォローして最新の情報をチェック!