本の未来を考えるには

※ホテルを「台北商旅 大安館」にしたのは、近くに24時間営業の「誠品書店」の敦南店があったからだ。写真は、夜遅くその店前でアクセサリやTシャツを売る私設のマーケット(ときどき警察に注意されちゃんですけどね)。

だいぶ前になるが雑誌で「世界の書店」の特集をやったときに、台北の誠品書店が入っていなかった。いまではアジア圏から台湾に来る旅行者が「いちばん行きたいところ」にあげるという誠品書店である。しかし、台湾にこんな凄い書店があるとは、当時は、誰も想像できなかったのだと思う。

日本ではいま電子教科書を推進するという話があって、関係しそうな企業が、いまの日本の教育はダメなので電子教科書が必要なんて声高に語っている(それにケチをつける気はないが)。誠品書店は、「台湾にもっと良い書店があるべき」と一念発起した他業種参入の経営者が作ったが、14年間も赤字経営が続いた。その間、台湾のコンピュータや建設関係の企業人が黙って出資し続けて支えた。

誠品敦南店で驚くのは、すべてバリアフリーのスロープで設計された板張りの床で、自由に座り込んで本を読んでいるお客たち。本が読める書店は海外ではめずらしくないかもしれないが、今回出かけてみたら立派なテーブルの図書館みたいな感じの読書コーナーまでできていた。

1年半ぶりに出かけてみてほかにも風景が変わっていて気づいたことがある。敦南店といえば、7000冊あるといわれた世界の雑誌を集めたコーナーが有名だった。雑誌『東京人』編集者のKさんに聞いたら、海外で正式に同誌をバンバン売っているのは誠品書店だけだそうだ。海外の情報をいち早くという意味ではインターネットが出てきたからだろう、あの雑誌売り場ではなくなっていたのはちょっと残念。

『東京人』だけの話ではなく、中国文化を中心にアジアに関係する本の売り場は充実している。台北に関するガイド本のコーナーには、私の香港の友人が経営する会社の台北攻略本が売っていてちょっとうれしくなった。香港人が薦める台北の楽しみ方は、日本のガイド本とは違う視点で書かれていて、ちょっと参考になるかもしれない。

この本屋さんの価値は、しかし、販売している本の点数とかではなくて、その棚作りにある。たとえば、誠品書店 信儀旗艦店には、日本の出版物をあつかうコーナーがあるが、その本のピックアップの良さには驚かされる。事実、私は、何度も「こんな本があったのか!」と日本の出版社の日本の本をそこで買っている(今年は寄れなかったのでたったいまの状況は知らないが)。

誠品書店は、いまでは本を売る以外の商売もずいぶんと拡大している。おそらく事業としても赤字経営からは脱しているのだろう。店舗数も、ネットで調べると台北から台中にかけて40店以上もある。しかし、あくまで誠品書店は本屋さんなのだ。出版社がいい本を作って、それを読者が買いにこなければ意味がない。書店というのは、いわば「本のポンプ」なのだ。そのことを、いまもとても意識してあの手この手で工夫してくれていると思う。

台湾は、独特の文字文化が息づいているということを感じることができるのもこの書店ならではだ。カッコいい文芸誌、紙の手触りを生かしたちょっとロハスな台湾についての本。翻訳も想像よりもずっと積極的に行われている(日本の推理小説やラノベも多いのだが=写真は私の敬愛する料理人アンソニー・ボーデインの本コーナー)。もっとも、中国語がバンバン読めない人には、カードや文具や小物も充実していることも楽しめる。

誠品書店といえば、一時期、香港に進出するという噂もあり、日本進出も視野に入れているという説もあった。本の未来がだいぶボヤけているいま、誠品書店の中で半日くらい過ごすのは、なにかヒントを教えてくれるかもしれない。最後に、とても重要な情報1つ。誠品書店は海外旅行者にはどの本も5%引きで売ってくれる。「ツーリストですか?」と聞かれるだけのこともあるが、パスポート持参がよいでしょう。

本の未来って? 私は、20年ほど前にこの本屋さんができていなかったら台湾のいまは少し違っていたと思っている。

「私が台北に行く理由」:

https://web.archive.org/web/20050830101202/http://diary.nttdata.co.jp/diary2003/09/20030929.html

Posted at 2010/08/16 02:12:50 by hortense

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遠藤諭
東京カレー日記ふたたび

Satoshi Endo : Creator/Organizer of A Project for Making a Floating Pen at Least Once in My Life / @hortense667 / https://www.facebook.com/satoshiendo667