祝! 麹町アジャンタ60周年

※10年前に書かせてもらった「祝! アジャンタ50周年」のポストをバージョンアップしてお届けしています。

会社に段ボール箱に入った荷物が届いたと思ったら麹町のインド料理店「アジャンタ」からだった。そういえば、半年ほど前に「うちは、今年、50周年なんですよ。何をやったらいいかいいアイデアがあったら教えてよ」と社長のムールティさんに言われたのを思い出した。届いたのは、ボージョレヌーボーとアジャンタのカレーセット。私は、20年くらいマトンカレーばかり食べていた。そのためか、マトンばかり3つ(ここ10年は、チキンカレーなのだが)。アジャンタへの感謝の気持ちを込めて「私のアジャンタ年表」を作ってみたのでご覧アレ。1人のカレー好きとインド料理店の記録だ。

【遠藤諭のアジャンタ年表】 ver.0.3

1970年代末■当時は九段にあったアジャンタを知る。教えてくれた道林女史は人生の恩人。チキンカレーはいまよりも小骨が多く、キーママタールはグリーンピースが印象的だった(そもそもマタールはグリーンピースの意味ですよね?)。メニューには「ベジタリアン向け」のコーナーが作られていて、料理の顔ぶれも少し異なっていたと思う。入り口近くでインドの民族衣装などを扱っていて、インドスナックを買うのが楽しみの1つ。
1980年代前半■都内のインド料理店を毎週食べ歩くようになるが、いちばん多く通ったのはアジャンタ。年に1度、友だちを集めてアジャンタパーティを開いていた。
1984年頃■小川町に借りた部屋から毎日のようにアジャンタに食べに行くようになる。ほとんどマトンカレー。あるとき、店員さんに「今度、うちは麹町に引っ越すんですよ」と告げられる。
1985年■アジャンタが麹町に移転。24時間営業、365日年中無休。開店祝いで出てきたインドのお菓子の表面には本物の銀箔が貼られていた。アチャールが、刻んだスタイルになり、お店に抗議する(無事に元のスタイルに戻る)。
1980年代後半■所属していたパソコン雑誌『月刊アスキー』で勝手にテロ的宣伝を繰り返す。マトンカレーしか食べない。ある日、ヨーグルトライスを食べてみるが、あまりの味に今後15年以上は注文しないであろうと思う。この頃か、アジャンタは機関紙を出していた。それによると「アジャンタ」の意味は「宇宙開闢(かいびゃく)の逆」の意味とのこと。どおりでカレーの味も深淵だったわけだ。
1980年代中後半のどこか■水島裕子のテンパイポンチン体操がアジャンタの2階でとり行われる。
1989年■『風来坊のカレー見聞録―アジャンタ九段店の調理場から』(浅野 哲哉著、早川書房)を読んで、料理人たちの過激な日常を知って感動する。
1990年頃■編集部から深夜買い出し便が毎日出る。チャパティやシャミカバブなど、いまと違うものも食べていたが、やはりメインはマトンカレー。
1990年代前半のどこか■隣の席で黛敏郎氏が、マトンカレーを食べていた。「旨いなー」と声に出して感動していた。
1993年12月■『月刊アスキー』1月号で連載していた「近代プログラマの夕」にてアジャンタについて言及。

1990年代後半のどこか■『BRUTUS』のカレー特集でお勧め店をあげてというのでアジャンタをもちろんあげる。好みのお店が安西水丸さんにそっくりなので驚く。そういえば、水丸さんはスノードームが好きだが、私はフローティングペンを作っている。
1995年■「アジャンタ謹製・パソコン・ハッカー・キーマ・カレー&マサラ・チャイ・セット」を作り、当時はテレカが定番だった雑誌にお便りをくれた人へのプレゼントとしてあげる。
1995年9月■世界中のガネーシャ像がミルクを飲んだというニュース。アジャンタに行くと店員のスニール君が「ボクも飲ませたよ」と言っていた。お店の入り口で本を読みながら寝そべっているのがガネーシャさまなのだ。
1996年■『辛ミシュラン/東京うまい店・辛い店』上梓。
1996年■アジャンタの社長(正確にはオーナーのJai Murti氏)に、「パソコンを新しくしようと思うのだが、ウィンドウズとマックどっちがいいと思う?」と相談される。それぞれのメリットを説明したのだが、しばらくたって「どうしました?」と聞くと「両方買っちゃった」と言われる。
1999年頃■「アジャンタFan Club」のメルマガが発行される。会員数は、232名。「私、謎のインド人、ホーリーネーム、アナンダ・ジャイラム・ムールティ、通称名ジェイ、肩書き社長が慣れない日本語で直接皆様方にメールを送らせていただきます」などと書いてある。この頃、マトン以外のカレーも食べるようになっている自分に気づく。カレー以外では、南インド料理フェアの後に定着した「コットウパロタ」と「マサラドーサ」をよく食べるようになる。なお、その後、メールマガジンが届くことはなかった。
1999年■アスキー社内のカフェテリアでアジャンタのカレーを食べる計画が正式に認められる。当時、アジャンタは、新宿高島屋と吉祥寺近鉄のデリカに料理をおろしており、そのついでに置いて行ってもらう計画。会社の地下にカレーの匂いを蔓延させる計画で、会社もアジャンタもOKが出たのに、会社都合で中止。
2000年■私の計画を聞いたHさん(後にコロンビアミュージックエンターテインメント社長)がエンターブレインの1階でアジャンタのカレーを出す。しかし、デリカではなくレトルトだったため本来のアジャンタの魅力は出ず。現在でも、エンブレにはアジャンタの味を誤解している人がいるものと予想される(いまはやたら近くてうらやましい)。『月刊アスキー』の餅月あんこさんの連載「パソ子さん」にアジャンタが登場。
2000年■『週刊アスキー』の企画で恵比寿ガーデンプレイスの39階にあったアジャンタでカレーを食べる会。
2001年■桃井はるこさんから「阿佐ヶ谷のけやき通りの消火栓にアジャンタの看板があります」と教えてもらう(http://diary.nttdata.co.jp/diary2003/02/20030224.html)。
2002年春■もう10年以上会っていないニューヨーク在住の友人からメール。「アジャンタでカレーを食べているところ」と返事すると「やーっぱね、アジャンタにいたんだ。ていうのは、二晩くらい前、夢でみたんですよー。遠藤さんと私がアジャンタでカレー食べてる。ま、夢の事なんで九段下(でしたっけ?)の方で。でも、あっちのほうがロケーションとしてはセクシーですよねー」という返事。他人の夢の中でもアジャンタのカレーを食べていた。
2002年秋■アジャンタから「会社の入館カードを忘れませんでしたか?」と電話。実は、しばらく前になくして入館カードは再発行してもらっている。ずっとアジャンタに落ちていたことになる。
2003年頃■スカパーでアジアの行者の番組をやっていた。服の下で棒に乗って空中浮遊する怪しい行者、ガマンの電撃ネットワーク的行者も出てきたが、最後に呼吸法治療の人が出てきて、その人は本物という感じで紹介されていた。その日アジャンタに行くとその人の講演会のチラシが!
2003年■マガジンハウスの『Relux』の編集Nさんからアジャンタについて書いて欲し言われる。「私もアジャンタでマトンカレーに目覚めましたが、きっかけは、4年前ぐらいの『BRUTUS』カレー特集の遠藤さんのコメントでした。今でもくさいマトンカレーを食べたいときはアジャンタに行きます」。ただマトンを食べているだけなのに、自分の流派がいたような気がしてうれしくなる。快諾。
2003年2月■NTTデータの「先見日記」にアジャンタの話(http://www.nttdata.com/jp/ja/diary/diary2003/02/20030224.html)。
2004年■月刊アスキーの山崎マキコさんの連載「…ってこんな仕事」で、山崎さんがアジャンタの店員を体験する。
2004年夏頃■アジャンタに行くと「いまエンドウさんの噂していました。今度、うちのまかないのカレーを食べてください」と言われる。あまりの嬉しさに放心状態になる。ちなみに、まかないのカレーというのはドンブリ状の器にさまざまなカレーが盛られた、みたところ料理というよりも世界模型のような物体。ドンブリを、外向きに並んだ象さんが支えているような妄想にかられる逸品。
2005年■ヨーグルトライスは奇っ怪な食べ物だ。ご飯にヨーグルトが混ぜてあるだけのものなのだが、時間経過で、どんな化学変化が起こるのか粘っこくなる。「インド寿司」と呼びたくなる。15年前に1度食べて「今後15年は食べないであろう」と予測したが、そのとおり15年して食べることになる。今回は、意外や酸味が減って食べやすくなっている。ちょっとクセになりそう。
2006年■『東京人』に「評判の<南インド料理>を食べてみる」を執筆(http://www.toshishuppan.co.jp/ back_shousai.php?id=115)。アジャンタは、世界最初のノートPC「TRS-80 model 100」のタンディ側担当者のサダさんが、日本に留学生でいた1960年代、東京には本格インドカレーを出すお店が4軒しかなかったという話で出てくる(4軒というのはアジャンタ、ナイルレストラン、中村屋、アョシカ)。
2006年末■月刊asciiの「フラット化」の特集記事の扉でアジャンタに協力していただく。インド人の店員さんに地球の形をしたビーチボールを手にしてもらって撮影。
2007年■アジャンタが創業50周年を迎える。
2008年3月■『九段界隈 桜みち』第12号に「アジャンタ・ママの50年」。読み応えある。
2008年4月■いつものようにアジャンタに出かけると、QくんやYくんの背中側のテーブルにいる外国人に見覚えがあるという。なんと彼らは映画『スターウォーズ』の帝国軍の将軍、ジャバ・ザ・ウォーキーやAウィングのパイロットさんなどスターウォーズの本物の役者さんたちだったことが判明。
2009年3月■繋いでくれる人がいて野々村文宏氏とアジャンタで会食。修正新居浜法(すいません正確な名前忘れました=たしかこんな)というアルコール中毒の直し方の話が面白かった。酒を手に取ろうとしたとき反射的に手をグラスからずらして取らないようにする訓練をするのだそうだ。それで飲む機会を逸してアル中を直すとか。
2010年4月■チェックインアプリの「foursquare」でいつの間にかアジャンタのMayor(いちばんチェックインしている人?)になっていた。
2010年7月■大竹さんより『週刊アスキー』でカレー企画。「定番3大カレー」
2010年11月■『カレーの心得』(枻出版社)で、私がアジャンタのカレーとともに巻頭カラーでデカデカと紹介されていてビックリ。
2011年1月■アジャンタでチキンカレーを食べて出てくると社長がいて女性カメラマンが三脚を立てて店内を立っている。「グーグルだよ」と耳打ちしてくれた。
2011年8月■その後何度か開催することになるカレー会(IT業界・放送業界方面)の第一回アジャンタ。
2011年9月■安西水丸さんが雑誌のインタビューを受けていた。『東京おとなクラブ』でイラストをお願いしたことがあるのだが、ちゃんと覚えてくれていてうれしい。ちなにみ、安西さんと私はアジャンタの公式ページで「お客さまの声」コーナーにのっています(http://www.ajanta.com/voice/)。
2012年4月■南インドに旅行することになり。Jai Murti氏に相談したら旅行プランまで考えていただいた。摂氏40度! と言われてたしかに暑かったけどMurti氏の知り合いのサニーさんのTATAのSUVであちこち案内してもらうなど超堪能。夕食ではチェンナイの元市長と会食。「カレーとITがある! 南インドは最高だ」=http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/090/90711/
2012年7月■相川さんより『週刊アスキー』でカレーのお取り寄せ企画。「アジャンタ 欲張り! カレーセット」。
2012年8月■日本テレビの安藤聖泰さんとスマートテレビ対談。
2012年8月■『クロワッサンプレミアム』の「ホームパーティに持って行って喜ばれる、テイクアウト&デリ」という企画でカレーについて書かせてもらう。当然アジャンタ推し。
2013年8月■アジャンタの歴史がzakzakで記事になる(http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20130808/dms1308080744002-n1.htm)。
2013年11月クーグルストアビュウが公開されているのを発見。私は24時間365日アジャンタの店内にいることになった。https://maps.google.co.jp/maps?ll=35.686172,139.736905&spn=0.002379,0.005429&t=m&z=18&brcurrent=3,0x60188c639134101d:0xb37c6350e6b719ce,1&layer=c&cbll=35.686177,139.736889&panoid=8dwRWDB5OcO9rBsvdMuy2A&cbp=12,132.39,,0,4.25 で顔が消されているけどレジ前にいるのが私。
2014年6月■『東京ウォーカー』の特集で「100人が選ぶ最強カレー」に参加させてもらう。もちろん、アジャンタを入れさせてもらう。
2015年■幻冬舎の『GINGER L』直木賞作家の中島京子さんがアジャンタについて書いていた。なんとこの文芸誌、表紙が毎回カレーなのだ。編集長の菊地朱雅子さんには、その後「本とカレーと神保町」というイベントに出てもらった。
2016年1月■タモリ倶楽部にMurti氏が出演。「インド人はナンは食べません」と発言。一緒に出ていた日本の主要レストランのインド人たちも「うんうん」とうなづいて日本のカレー界に衝撃を与えた。
2016年6月■UEI清水社長が私の誕生祝を開いてくれる。たくさん集まってくれて嬉しかった。
2016年8月■『カレー語辞典』(誠文堂新光社刊)に私が項目として立っている。「アジャンタのカレーは3000食食べた」と書かれている。
2017年3月■Uber Eatsでアジャンタが対象になったので注文。届けてくれたお兄さんはミュージシャンだと言っていた。¥6,450分。
2017年■アジャンタ創業60周年記念インド舞踊公演。
2017年6月■神楽坂「五十番」でアジャンタとコラボレーションした「キーマカレーまん」が登場。五十番といえば、月刊アスキー編集部で毎晩アジャンタに買い出しに行っていた頃、三共グラビア(現三共グラフィック=印刷会社)のNさんがやはり夜の差し入れで持ってきてくれた肉まん! 私たちだけが知っている30年ぶりの再会感あり。
2017年7月■新メニュー「スパイシーコーラ」が登場、話題となる。

アジャンタのカレーたち

※当然というかこれに書ききれない出会いや楽しい機会がアジャンタではありました。ありがとう、そしてこれからもよろしく!!

Posted at 2007/12/06 00:22:17 by hortense