鬼木つばめ『神にでもなったつもり』

Ryunosuke Honda
Feb 25, 2017 · 5 min read

ストーリー展開が驚くほど凡庸な作品である。

その凡庸さと退屈さは、ページ数ばかり嵩んだ「電話帳」さながらである。

正直に言って、この本について語るべきことは何もないと言ってもいい。
よくある「ハートフル」な家族小説だ。

だが、この本の題名を含む検索ワードが、2010年から2013年までの3年間、中国の検索サイトでの閲覧が制限され、世界のあらゆる諜報機関の通話傍受システムにおいて監視されていた、という事実を前にした時、凡庸という言葉は恐らく本作には似合わないだろう。

そして電話帳もまた、ある特殊な条件下においては、驚くべき力を発揮するものである。


5章からなる本作は、1章と5章が家族全体を俯瞰した視点によって、31歳にして重度の鬱病と宣告された出版社勤務の「光伸」の面倒を誰が見るのかという家族会議の様子が描かれている。
2章から4章においては各章ごとに視点が変更され、光信の妻「嘉苗」、同居する光信の母「数江」らの視点から光信を巡る日常を垣間見ることができる。

さらに驚くべきことに、1章と5章の文章は一字一句違わず同じである。
これは鬼木がパソコンによる執筆を始めた時期と、本作の執筆時期が重なることから、鬼木渾身のコピー&ペーストによる大掛かりな字数稼ぎであったことは言うまでもない。


『神にでもなったつもり』の作品においてもう一つ特徴的なことはといえば、何度も、そして無意味に繰り返される「一体何が正しいというの?」というフレーズだ。

このセリフは筆者が確認したところ、138ページの本書の中で252回使われている。
1ページにつき平均約2回、「一体何が正しいというの?」というフレーズが登場することになる。

さて、章単位でのコピペを行なった鬼木ならば、フレーズの使い回しもまた彼女の苦し紛れの字数稼ぎでしかなかった、と云うのは至極簡単である。

彼女が本当に字数稼ぎだけをしていたのかどうかは残念ながら、彼女亡き今となっては、知る術はない。

しかし現実は彼女の意図などは、一切お構いなしで進行していた。


アレクセイ・チュランウミーは、ある日曜の朝、書斎のパソコンに向かって慣れない文字を打ち込んでいた。

昨夜上司から送られてきたLINEスタンプが「現在進行中の全ての作戦に優先して、今から送る仕事に取り掛かれ」を意味していたからである。

彼にはまるで見当もつかない内容だった。
中国語か恐らく日本語だろうと彼は予想していた。
それにしても今、目の前にある先ほど届いたばかりの異国の本が、本当に全ての任務に先立って優先されるべきものなのかどうかもまた、彼にはやはり見当がつかなかった。

「またお仕事?日曜の朝くらい会社はあなたを休ませてくれないの?ねぇあなた?」
そんな難しい顔をしていた彼のいる書斎に、妻のスイゾクカンスキーが熱々のパプリカティーを手にやってきた。

「ああ。今日もたぶん出社さ。帰りが遅くなるよ、ごめんよハニー、この埋め合わせは必ずするからさ。いいね?」

「ええ、あなたのお仕事を邪魔するつもりはないわ。ただ、無理をしてほしくないだけなの。あなたには健康でいてほしい、それだけよ」

彼は妻が部屋から出ていったのを見届けてから、再び本の内容をパソコンに向かって黙々と打ち込み始めた。


その5分後、恐ろしいタイピングスピードを持つ彼は、異国の言語に少々手こずりながらも100ページほどの内容をテキスト化し終え、上司へgmailでファイルを添付して送信したところ、LINEで「おまえのセキュリティーリテラシーというのは幼稚園児並みだな、gmailなんか使いやがって、今のは見逃してやるからちゃんと組織の連絡手段を使って送りなおせ、この野郎」と説教を食らい、その数秒後に彼はウクライナの政府機関によって拉致されたのであった。
床に落ちていたチュランウミーの携帯画面には、上司から送信された「今すぐに荷物をまとめて逃げろ」を意味するLINEスタンプが表示されていた。

ウクライナの政府機関に渡ったデータは当然、あらゆる国を転々と巡り、データを巡る争奪戦が繰り広げられた。

この凡庸な小説が、どれだけの血を流させたかを表すなら、あの聖書には遠く及ばないものの、多くの人間がこの作品の前に倒れたことは確実である。

そして鬼木の作品は、日本のブックオフというチェーン展開する古本屋へ足を延ばせば、100均棚に山積みにされていたことは多くの諜報機関が後に知るところとなった。

最後に鬼木の作品を追いかけていた日系三世のアンドウ・ファナウェイは、本作を握り締めながら「ここには何も大切なことは書かれてなどいなかった」と息を引き取った。

尚、アンドウが最期の一言において、小説のクオリティーについて言及していたのか、それとも暗号ブックとしての情報価値について話していたのかは未だに謎のままである。


さて架空出版社プレゼーンツ、架空書評第2弾おたのしみ頂けましたでしょうか?
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2017/2/26

架空批評

存在しない著作に要らぬ花を添える。

Written by

「道」のつく日本唯一の地域に移住。思いついた日に古本屋「たぶん屋」やってます。蓴菜、オクラ甲乙付けがたし。 対面でお話する時、ポテチ成分談義の話題がお好き。

存在しない著作に要らぬ花を添える。

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