インターネットはまだコミュニケーションの表現を引き出せきれていない

Yuta Takada
株式会社 Emotion
3 min readMay 8, 2016

「あなたはインターネット上(Line,Facebook等)での友達とのやりとりに満足していますか?」

と尋ねれば、僕の予測だと「概ね、満足している。」という回答がくるのではないかと思う。(ITやスタートアップ界隈にいる人だと全く違うかもしれないが。)

チャットは便利だし、スタンプもあるし、画像や動画も送れる。Snapchatとかは動画をアレンジできて楽しいし。という風にね。

じゃあ、なぜ僕が「インターネットはまだコミュニケーションの表現を引き出せきれていない」と言えるのか。

確かに、友人と言いたいことを伝え合うだけの環境は溢れるほど揃っている。インターネット上にはね。

そればかりか、友人との一対一のやりとり、グループでのやりとり、ビジネス上のやりとり、ソーシャル上のやりとりといったように様々な用途でコミュニケーションが円滑に行える場がたくさん存在している。

ここまで言えば、もうこれ以上のコミュニケーションの場はインターネットには必要ないように思える。

だけど、ちょっと考え方を変えてみよう。

あなたが東京に住んでいるとする。

さぁ、明日は地方に住んでいる仲の良い友達の誕生日だ!何か祝ってあげたいな。

どうしようか?

チャットやスタンプで「おめでとう」と送る?

手紙やはがきを使ってみる?

ビデオメッセージでも用意してみる?

ECサイトでプレゼントを購入して送ってみる?

もちろん、このような問題を解決する術がインターネットには既に存在する。でも、誕生日にできることってこれだけだろうか。

花を送ってみる?

花の種類はどうしようか?

ケーキを送ってみる?

ケーキに画像をプリントできたりするみたいだけど?

僕らをとりまく環境には人の手によって様々なものが生み出されている。「おめでとう」という感情一つとっても僕らはこれらを使うことで何千、何万通り以上の表現が可能だと思っている。

そして、僕らの感情を揺さぶるイベントは誕生日だけではない。

クリスマスはどうしようか?

バレンタインは?

そして、暦で決められた日だけに僕たちは動くわけではない。

誰かに好きという思いを伝えるには?

女の人を口説きたいときには?

男の人に甘えたいときには?

誰かを喜ばしたいときには?

誰かを励ましたいときには?

人の感情は様々だ。言葉一つとっても、その都度伝え方、声の高さ、ニューアンスも変わる。現代では、そこに+αでさまざまな物(手紙・絵・プレゼントなど)を加えて表現したりもされる。それに、言葉を使うとも限らない。

これらのことの一部を解決する方法はインターネット上にない訳ではない。

でも、誰もがすぐに使えるだろうか?

今あるものだけで、満足できるだろうか?

きっと、インターネットで人のコミュニケーションの表現を完結させることはできないだろう。

だけど、今よりも感情を伝えることができる方法がインターネット上にまだまだあるはずだ。

なによりも、人の欲求は無限大だからね。

だから、「インターネットはまだコミュニケーションの表現を引き出せきれていない」

そこにはまだまだ沢山の可能性があると僕は信じている。

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