ありのままの自分

自分探しの旅とは、自由なものの見方ができる自分を取り戻す旅

物心ついた頃から「もっとちゃんと!」とか「1番でないとダメ!」とか言われ続け、仲間内では「みすぼらしい」と仲間外れにされ、老人になると「社会のお荷物」などという偏見にさらされるなどなど。
人は、生きている間ずーっと強迫観念にも似た偏見の波動にさらされ続けています。
そういう波動が当たり前になりすぎて、もはや、本人には力を入れ過ぎて生きているという自覚がありません。
自分らしく生きたいと願うなら、まずは、いつも無駄に力んでいる自分に気づき、肩の力を抜いて自然体でいられるように心を整える必要があります。

「もっと力を抜いて!」

子どものころからよく言われたように思います。
部活の練習で、決まって言われるのがこのセリフです。
何事も、力んでいたら、うまくいくはずはありません。
野球でも、サッカーでも、素晴らしいプレーをしている選手はとてもリラックスしているように見えますよね。
人から見れば力が抜けているように見えます。
自然に力が抜けているからいいパフォーマンスができるのでしょう。

人生に努力と鍛錬が必要なことは間違いありません。
だからこそ、まずは、肩の力を抜くことを覚えないといけないのです。

運命の負の連鎖は、緊張と力みの過度の継続から生まれ、緊張と力みの過度の継続は、今を否定し、未来を悲観する見方に支配された心から生まれます。
ありのままの自分とは、そういう偏った心から解放された自分のこと。
自分を取り戻す、とは、別の姿に変身することではなく、多種多様なものの見方、感じ方を取り戻すということです。
それは、同時に、広い感性で自分の心の支えを新たに見出すことでもあり、心を共にできる存在を広く求めることでもあります。
自分探しの旅とは、凝り固まった心を解きほぐす旅だったのです。


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