
正義はやっかい
正義が好きな人いますよね?
秋山は正義こそ不幸になる一因だと思っています。
正義の反対は悪ですかね。
悪は滅ぼしていいんですよね。いやむしろ滅ぼさなければならない。
だって悪だから。
戦争はなぜ起こるか?
正義と正義がぶつかり合うからです。
歴史をみると、負けた方は「悪」とされていますが、
実際にはそうではありません。
勝ったほうが「正義」を名乗れるだけです。
A国の正義とB国の正義が折り合いがつかなくなると、
つまりは話し合いで決着がつかないと、殴り合いになるわけです。
話し合いを外交と呼び、殴り合いを戦争と呼んでいるだけです。なので、戦争は外交の延長線上にあるとクライゼヴィッツが言ったわけです。
ちょっと身近な例ですが、
「普通◯◯でしょ」と言われることありませんかね。
たとえば過去にこんなことがありました。
恋人から「普通、メールの返事は2分でするでしょ!」と怒られたのです。
秋山にとっては普通ではありません。
喧嘩になりますね。普通。
これが普通かどうかを議論したいわけではありません。
彼女に「とっては」普通(つまり正義)であり、
秋山に「とっては」普通ではないということなのです。
ね、普通ならここで喧嘩になるのです。普通ね。
もう普通はいいか。
正義と正義のぶつかり合いを起こす価値観を「二項対立」といいます。
この場合、不正義は徹底的に潰すことが正義になります。一致点が見いだせないわけですから、相手の殲滅が目的になります。
一方、あなたの正義も一旦受け入れてみましょう。とりあえず。受け入れてから検討しますわ。
というのが、網羅性といいます。
日本人は後者ですね。
「泥棒にも三分の理」っていう言葉があって、相手の言うことや立場も考えてあげようという価値観です。
相手がいる場合だけに、このことが発動されるわけではありません。
一人の人の中にも複数の人格があって(複数の意識とでも言っていいかも)、
なんらかの正義(自分のこだわり)が強すぎると、それに合致しない人格(意識)を否定します。
自分が自分を攻撃する、といった意味合いです。
これしんどいですよね。
やめませんか。