「いいね!」の呪縛

何のために文章を書くのか?

誰のために書くのか?

そもそも文章を書くことを含めた表現は、誰のために書くのか?商業的な意味での作家は、読者のためとか読み手を意識していると思うが・・・。

アマチュアの文章

SNSなどに投稿するほとんどの人はアマチュアである。文章を書くときに、読み手をイメージして書くことは、とても重要なことである。しかし、それ以上の意味がそこにはあると思う。

自己療養としての表現

その意味の一つとして、「自己療養」のための表現が存在していると考えている。それは、シンガーソングライターが歌で自己を表現せざるをえないように・・・。
「自己療養」という表現の行為としては、そこですべては完結しているのである。

「いいね!」に縛られた人々

Blogの登場した時には、何で日記をインターネット上の公開された場所に書くのかという声があった。実はそれは日記とは違い、自己表現の場であったわけだ。facebookの登場により、バーチャル空間とリアルな空間の融合がはじまった。つまり人々は、facebookの人間関係にあわせて、文章を書くようになった。
そして、「いいね!」や「コメント」の数を気にするようになった。

経験的に、「いいね!」や「コメント」の数を増やそうと思えば、「食べ物」、「ここに行きました」という内容の文章の方がよい。まず、ここに書いているような長い文章は読んでもらえない。

この文章は、自己療養としての文章だからである。

Twitter、Blog、facebook、medium、ホームページ。他にもメディアはあるが、フロー情報、ストック情報の使い分けを考える時代になった。使い分けて、連動させる。そんな仕組みが必要だ。

Like what you read? Give Hiroshi Yoshida a round of applause.

From a quick cheer to a standing ovation, clap to show how much you enjoyed this story.