ガラスの「こっち」と「むこう」

長崎の原爆を作った街から

今日(平成30年7月30日)の朝日新聞の記事から感じたことです。「キノコ雲のマーク、誇る街 原爆を生んだ米西部の地」というのが、その記事のタイトルです。

他でもよく聞くことですが、連合国による広島、長崎の原爆投下は、早期に太平洋戦争を終結させ、多くの兵士の命を守ったという話。歴史にもしはありませんが、可能性としては連合国が日本本土に上陸し、一般人を含めた日本人が「一億総玉砕」と竹やりで向かったかも知れません。

私が考えるもう一つのことは、こうでも考えないと、「唯一の核兵器使用国」というカルマを否定できないのではないかと。多くの民間人が死亡するは知っていただろうし、戦闘員でない民間人を殺傷してしまうことは、当時の国際法にも違反しているとの言われます。

本題の米西部の街は、ワシントン州リッチランド。記事には、

高校の体育館の床に描かれたキノコ雲の上を、子どもたちが走り回っていた。米西部、ワシントン州リッチランド。第2次大戦中に原爆を開発した「マンハッタン計画」の拠点の一つで、長崎型原爆のプルトニウムが作られたハンフォード核施設に隣接する。

朝刊の紙面には、レストランのメニューにも原爆の名前にちなんだ料理の名前があったとのこと。記事は、長崎から訪問している人とつながっていくのですが・・・。

日本人としては、原子力爆弾のことをよく思いませんが、あえて言えることは、

「一つの事実に、二つ以上の真実が存在するということ」

「核なき世界の実現」と言って、異を唱える人は少ないでしょう。それは文字通り、地球上から核がゼロになる状態なのかも知れません。あるいは、現在の枠組みのとおり、戦勝国である国連常任安保理に入っている核クラブのみが、均衡した核兵器を持った状態なのかも知れません。

二つの違う真実を持つものが、本当の意味で合意をするのは、簡単なことではないだろうなあと感じた記事でした。