
マンションポエムという言葉の起源はよく判っていないのですが、ちょっと調べると、「不動産コピーの高級感」と題した以下の記事がありました。
どうやらこの記事が書かれたのは、2009年の様子。なるほど、だとするとマンションポエムというものの”価値”をサブカル界隈の人たちが”発見”したのはその頃、ということになるでしょうか。そして2009年にはすでに不動産コピーにおける「マンションポエム」は存在していたことになります。
さて、今回このストーリーで語りたいのは、くろたまさんが元ストーリーで言及している「カメラポエム」について。 本棚の奥から引っ張り出してきた昔昔のカメラカタログを肴に、その昔はどうだったのかを覗いてみようという趣向であります。
ちなみに、当たり前といえば当たり前ですが、ここで取り上げる昔のカタログはおしなべてデジカメ発売以前のフィルムカメラのものとなります。年代としてはおそらく20年くらい前。少なくとも15年以上は前の筈。その当時、すなわち「マンションポエム」がサブカル界隈の目に留まる以前、カメラ界にくろたまさんが期待する「カメラポエム」は存在したのか、否か……。
結論から書いてしまうと、それっぽいのが結構ありました。それもなかなかのボリュームである(^^;)。
まずは現在SONYのαを使っている自分として気になるミノルタ。名器、――もとい(お約束の誤字)銘機ともいえる高級コンパクトカメラTC-1の広告を見ていきましょう。
上に「銘機」と書きましたが、そもそもこのTC-1、広告ン中で自分のことを「銘機」だと宣言しているのですから何ともはや。

歴史に名を刻む銘機であるために。
当たり前ではありますが、カメラカタログにはたくさんの作例が掲載されています。「カメラポエム」が添えられているとすれば当然そこに、ということになるでしょう。

ひとり海を見つめている女性がいた。
妙に気になって、TC-1のシャッターを切った。
紺碧の海と、真っ白な壁との強いコントラストの中にも、
やわらかな光の描写を織り込むことができた。ロバに乗って、山道を行く友人に出逢った。
たぶん一眼レフでは、こうはいかなかっただろう。
人を威圧しないTC-1ならでは。
人柄そのままの、いい表情を引き出すことができた。空のグラデーションを持ち帰りたくて、
TC-1を構えた。
風車の建物をライトアップしたそのディテールまで、
美しく表現することができた。
続いてCONTAX G1。これもまた高級コンパクトカメラの名機であります。我らが京セラCONTAXはなんたってツァイスですから、ミノルタみたいに小っ恥ずかしいポエムは綴っていない筈。どれどれ、と……。

求めているのは無垢の映像。
風景の中で主役となるのは、いつも笑顔だ。
彼女が微笑んだ瞬間、思わずシャッターを切った。
その瞬間だけ、最高の風が駆け抜けた。
……(^^;)。まあ、Gシリーズは所詮、レンジファインダーカメラですからね。CONTAXのバカ重いツァイスレンズを一眼ボディにマウントしてこそ本物の漢というもの。というわけで、CONTAX RXのカタログを見てみましょう。


写真に必要なのは、優しさでした。
写真を愛する人たちへ、最高の「優しさ」を。
テクノロジーは、感性を自由にする。
光は、嘘をつかない。
感性が、精密情報となって駆け抜ける。
……(^^;)。しかし最後の「感性が、精密情報となって駆け抜ける」は嫌いじゃないです。サイバーパンクっぽい雰囲気がムンムンと匂い立つような気がするのは……自分だけか(^^;)。
ちなみにこのRXのカタログは作例が終わり、カメラ機能の説明に入っても、ポエムをエンドレスで続けているというところが凄まじい。そこに綴られているポエムは以下の通り。
機能性の頂点は、芸術と等しい。
映像というドラマの演出家たちへ。
これは、映像を芸術にする魔法である。

他にも見つけたんですがこのくらいで(こういうネタは今もっともホットなMedium論と違って皆さんあんまり興味ないと思う ^^;)。まあ、くろたまさんのストーリーに(無理矢理)繋げて、Mediumが指向する「ネットワーク」の構築に少しでも貢献しようと思い立ち、ちょっとした余興で一つのストーリーをでっち上げてみた次第です。
ひとつ判ったのは、「カメラポエム」は「マンションポエム」よりもっと昔からあったらしい、ということでしょうか。もしかしたらカメラ界に限らず、他の業界にも我々の記憶から忘れられた詩情(ポエジー)は、遺産(レガシー)となって今でも哀歌(エレジー)を唄っているのかもしれません。おしまい。
