03: がんばれ、パクチー

Kiyoto Asonuma
週刊パクチー通信
6 min readJul 28, 2016

2年ほど前のある日、LINEのグループに招待された。その名も『関東パクチー連合』。送り主はぼくが湘南辻堂に引っ越してきた頃からよく通っていた『残心』という飲み屋さんのマスター、“さとさん”だった。新しく引っ越してきた地でなにかの仲間に入れてもらえることは嬉しかったが、この招待には正直困った。それまで週に何度も通っていた『残心』が、パクチーをメニューに取り込むことは聞いていたし、あの店の料理は変わらず好きだった。ランチも、ディナーも、いつも楽しく、おいしい料理が食べられる。ただ、何を隠そう、ぼくはかれこれ20年の歴史を持つ、パクチー嫌いだった。

そんなパクチーが種をまかれて早一ヶ月。

7月28日14:33

パクチーはこの暑さと天候にやられ、すこし元気をなくしているように見えた。ここ数日、ぼくらはあわてふためいたのだが、食べ物を育てる、とはこういうことなのだろう。『残心』で出しているパクチーは茅ヶ崎産だと聞いた。たったひとつのプランターでこうなのだから、出荷するほど大量のパクチーを育てることはさぞ大変だろう。

こうやって食べ物を育てていると、数年前の夏の暑い日を思い出す。というのも当時国内を転々としていたぼくは、知り合いに紹介されて長野県の「日本で一番太陽に近い野菜」をつくる場所で、レタス農家のアルバイトをやっていた。朝早くに起きて収穫し、昼間は草むしりをやる。少し昼寝をして畑の整備。その謳い文句通り、太陽が照りつける広い畑で、ひとり草むしりをやるのは精神的にも体力的にもきつかった。

しかし、最も辛かったのは、こうやって苦労して育て(と言ってもぼくが関わったのはほんの少しだったのだけれど)、収穫したレタスが安かったことだ。「去年はもうちょっとよかったんだけどね」と農家のおばさんが言った。「今年は豊作だから、仕方ないね」

その年、レタスは、文字通り「捨てるほど」収穫されていた。農協に出荷に行くと、廃棄されるレタスのカートが置いてあったほどだ。食料自給率が低いと聞いていたこの日本で、レタスは収穫されたその日に捨てられていたのだ。一体、食料自給率なる数字に何の意味があるのだろう。

そもそも食料自給率には大きく分けて2つの種類があること(他にも複数の指標はあるが農林水産省が発表しているのはこのふたつ)は意外に知られていない。カロリーベース食料自給率、生産額ベース食料自給率のふたつだ。

カロリーベース食料自給率

「日本食品標準成分表2010」に基づき、重量を供給熱量に換算したうえで、各品目を足し上げて算出。これは、1人・1日当たり国産供給熱量を1人・1日当たり供給熱量で除したものに相当。

生産額ベース食料自給率

「農業物価統計」の農家庭先価格等に基づき、重量を金額に換算したうえで、各品目を足し上げて算出。これは、食料の国内生産額を食料の国内消費仕向額で除したものに相当。

ぼくにとってこの説明は両者の違いを理解するには十分なものではなかったのだが、色々資料を探してみると、農林水産省が平成22年に作成した以下の様なスライドを見つけることが出来た。

農林水産省『平成21年度食料自給率をめぐる事情』より

カロリーベースでの計算は、1人・1日あたりの国産供給熱量(カロリー)を、1人・1日あたりの供給熱量で割った数字になる。このカロリーベースの食料自給率の問題点は、日本中で出回っている食材のうち、実際に食べられた日本産食品の割合で算出されることだ。つまり、計算する際の分母(供給熱量)には「廃棄食料」も含まれてしまい、食べ残しなどの無駄な食材が含まれている。さらに、畜産物は、外国産の輸入飼料によって育てられたものは国産と認められないので、自給率は急激に下がってしまう。(飼料自給率が低いことがそもそもの問題なのだが)

平成26年度のふたつの自給率を見比べてみると、カロリーベースでは39%なのに対し、生産額ベースでは64%とかなり大きな差が生まれている。これはカロリーベースでは、小麦や油脂類といった高カロリー食材の自給率が全体の自給率に大きく影響する一方で、低カロリーの野菜の自給率は全体の自給率にほとんど影響しないこと、生産額ベースでは、カロリーベースで影響力の高い小麦や油脂類の自給率は全体の自給率にほとんど影響せず、逆にカロリーベースでは影響力の低い野菜や魚介類の自給率が全体の自給率に大きく影響するようになっていることが原因であろうと考えられる。

農林水産省「食料需給表」、FAO “Food Balance Sheets”等を基に農林水産省で試算。

日本は食料自給率が低い、とよく言われる。耳目にするのは、カロリーベースの40%程度のものばかりだ。様々なメディアが普及し、わたしたちがデータに触れることは格段に多くなった。しかし、だからこそ正確な理解が求められる。数値と実態は果たして本当に一致しているのか。そのデータが表していることはなんなのか。原因はどこにあるのか。そもそもそのデータを算出しているのは誰なのか。

食料自給率という数字を通して見える“世界”は意外に広い。

パクチーを育てながら「むむっ?ひょっとして、こうやって育てているこのパクチーは、日本の食料自給率を上げるのか?」なぁんてことも考えながら、ぼくたちは今日もパクチーの元気のなさを気にしている。(ちなみに家庭菜園での生産物は含まれないらしい)

梅雨明けした今日、本格的な暑い夏も目前だ。パクチーがこの夏を乗り越えるべく、ぼくたちは新たな対策を講じてみた。そのはなしはまた来週。

がんばれ、パクチー。

参考:農林水産省ホームページ ( http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/ )

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Kiyoto Asonuma
週刊パクチー通信

京都生まれです。だからきよとです。元牛飼いで現大学生です。