02: 雨待つパクチー

はしもとさやか
週刊パクチー通信
5 min readJul 21, 2016

「突然だけど、ガーデニングは得意?」

長旅を控えた師匠から突然のメッセージが届いたのは、6月19日日曜日のことだった。それが、研究室のテラスに私たちのプランターが誕生したことの第一報だった。6月21日火曜日に、そのプランターと初対面した。こいつは一体何なんだろう。ヒントを得ようと土をジッと見つめたりそっとさわったりしたけれど、何もわからなかった。得体の知れないプランターに対してまだまだよそよそしい気持ちだったが、とりあえず、少し水やりをした。その後も2日にいっぺん様子を見に行った。6月27日月曜日、ぽつりぽつりとキミドリ色の芽が生えてきているではないか!

これが「01:わけあって、パクチー」までの出来事だ。ということで、かなさんとパクチー通信をはじめた。

2016年7月13日 14:45

その後も、3日にいっぺんはパクチーの様子を見に行くようにしている。何が正解なのかわからないが、パクチーは今のところすくすく育っているように見える。7月21日現在、次のステップに向けて、追肥と間引きのタイミングをはかっているところだ。

日常の世話において、どんなことに注意すれば良いのだろう。芽が出てすぐの頃から、心配になって色々と調べている。プロの意見で安心したかったので、知り合いの農家さんに会った時にパクチー育成の教えを乞うた。「土は乾燥させてはならない。水をやりすぎてもいけない。いつも湿っているくらいがベスト。」そう教わったので、プランターの水分量を意識して世話をしている。平日はだいたい研究室に足を運べるので良いが、休日を挟むと4日間くらい様子を見に行けないときも稀にある。育て始めの時期がちょうど梅雨と被り、雨に恵まれることが多かったが、2日ピーカン照りがつづくと焦った。「パクチーたちは大丈夫だろうか・・・」

もともとは天気に無頓着だった私だが、パクチーを育てるにあたってとても気にするようになった。天気予報を見る時、「明日は雨か、いやだなあ。」という程度の感想しか持っていなかったのが、「今週は木金土日研究室に行けないな。ああでも、木金は雨の予報だ、パクチーが干からびる心配はなさそうだ。日曜は晴れそうだから、どうにか時間を作って水をやりに行こう。」というような調子になった。今までぼんやり見ていた天気予報は、私にとって重要な「パクチー育成の手がかり」に変わったのだ。これは私が、パクチーと出会うことによって、日常生活における新しい “まなざし”を得たと言えるだろう。

これをきっかけに、雨や水について考えるようになった。パクチーと私だけでなく、みんなが雨を待っている。今年は特に深刻な水不足のようだ。国土交通省が渇水対策本部を設置し、警戒体制に移行したとことを公表している。

正直、今回パクチーに出会って雨を嬉しく思うようになるまで、水不足のことを意識したことがなかった。現代の日本では、水道の蛇口をひねればいつでも潤沢に水が出るのが当たり前だと信じていた。しかし首都圏では、慢性的な水不足が問題になっているらしい。原因は、高すぎる人口密度による水の需要と供給量の不一致である。

さらに今年の夏は、積雪量と5月の降雨量がともに例年の2分の1だったことから、いつも以上に深刻な状況だという。(平成28年7月15日 国土交通省水管理・国土保全局 渇水情報連絡室 利根川水系における渇水の状況について より http://www.mlit.go.jp/common/001139150.pdf )

渇水時には、給水の制限・調整が行われている。それは、川からの取水量を制限する取水制限(我々の生活に直接影響しない)と、水道水の給水量を制限する給水制限(我々の生活に直接影響する)などがある。今の段階では給水制限が行なわれていないため、私たちが生活する中で水不足を実感することはないかもしれない。しかし、取水制限は地道に行われている。水不足に対する国や地方自治体の対策は、私たちの生活を壊さぬままにひっそりと続けられている。

つつがなく日常を送れているのは、それを整備してくれる人々の力があるからなのだ。用意された快適さ、それを無自覚なまま享受していたありがたさに感謝しつつ、モヤモヤとした気持ちになった。もっと色々なもの・ことにまなざしを向け、想像力を持ち、勉強を続けなければならない。

パクチーと出会った私は、天気に対するあたらしいまなざしを得た。そしてさらに、雨や水について考えるきっかけをもらったのだ。これを無駄にしてはならない。まだまだ未熟な私だが、パクチーとともに成長していきたいと願う。私たちの旅は、つづく。

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