08: a.k.a. パクチー

9月1日、子どもたちのなつやすみも終わり、いよいよ秋がやってきた。連日の台風もあり不安定な天候が続くなか、先輩・後輩が育てているパクチーを見に行った。この一か月、全滅と再生を繰り返していると聞いていたパクチーは、さまざまな工夫のもとで二つの芽を伸ばしていた。見た目には少し細く、青白く感じられる。ハイポネックスという液体肥料をもとに室内でケミカルに育った「ゆとりパクチー」は、先輩・後輩を常々悩ましているらしく、今日も先輩は「添木でもしたほうがいいんだろうか…」と不安をもらしていた。今にも折れてしまいそうなパクチーを中心に、いろんな人が思いを巡らしている。この期待を背に、どうにか食べられるくらいには育ってほしい。

水耕栽培によって育てられているパクチーたち

ところで、読者のみなさんは「パクチー」と「コリアンダー」が同一のものだとご存知だろうか。恥ずかしながら、この見学を機にパクチーに関して調べるまで私は全く知らなかった。どうやらパクチーという呼称が広まったのはごく最近、エスニックブームに伴ってということらしく、それまでは主に「香菜(こうさい・シャンツァイ)」という名前で親しまれてきたようだ。パクチー=コリアンダー=香菜、ということらしい。他にも「シアントロ」「コエンドロ」、はたまた「カメムシソウ」なんて名前まである。一つのものにこれほど呼び名があるのか、と驚いた。私の中ではこれは「パクチー」なのだが、世間ではどうなっているのだろうか。少し気になって近所のスーパーマーケットを回ってみた。

駅前のスーパーでは、「香菜」が採用されていた。パクチーやコリアンダーの表記は全く見当たらないため、事前に「香菜」という知識を入れていた私ですら店内で見つけるのに時間がかかった。このパクチーブームを全く意に介さないかのような表記を前に、買い物客はこれをパクチーとして認識できているのだろうか、と不安になった。もしくは、エスニック料理の文脈で使われる「パクチー」と日本の食卓で出る「香菜」は、全く別の調理法・使用用途があり、日本家庭では「香菜」として(私の知らないところで)親しまれているのだろうか。

そんな疑問を胸に向かった次の店では、さらにチグハグな表記に出会った。ここでは店側としては「コリアンダー」を採用しているが、販売元(JAみい)が「香菜」表記を採用している。商品には一応細かい字で「コリアンダー」「パクチー」の表記があるけれど、一見すると棚を間違えているようにも思われかねない。これは一層買い物客を困惑させそうだ。そこで、JAみいやこの店では系列として何か決め事でもあるのだろうかとホームページを開いてみたところ、JAみいのサイトには「みいの野菜」として、「パクチー」が紹介されていた。ここでは「パクチー」表記なのだ。そこに「香菜」や「コリアンダー」の表記はなかった。

思った以上にパクチーを取り巻く呼び名事情は込み入っていた。おそらく、業者や農家のいろいろな事情や思惑があり、この表記の揺れが生まれているのだろう。しかし重要なのは、「名前」がもたらす意味やイメージの力強さだ。

ジーパン・ジーンズ・デニムのように、それぞれの呼び名にはそれぞれのイメージがある。ファッション用語がコロコロと名前を変えるのには、それら「アイテム」のイメージを刷新する目論見があるはずだ。今回の話では、「シャンツァイ」といえば四川のスパイシーさが、「コリアンダー」といえばハーブのような香りが思い浮かぶ。当然、買い物客が思い描く料理にも違いが出てくるだろう。パクチー・コリアンダー・シャンツァイはそれぞれ外来語だ。日本語ということばは、外国のことばを吸収し、言語を育ててきた歴史がある。この日本語の柔軟さは、ときには今回のような混乱を生むが、ことばの浸透とともに混乱は解消され、次第にそれぞれのイメージを育む。「名前」は大きな力を持つが、それをうまく利用することができれば、わたしたちのコミュニケーションはより豊かになっていくのだ。

それにしても、(二店舗しか回っていないけれど)スーパーにパクチー表記がないことには驚いた。「パクチー」という名前が中心になるころには、日本の食卓の風景も変わっているのだろうか。

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