13: パクチーの種と日本人

駅に向かって近所の道を歩いていると、どこからともなく金木犀の香りが漂ってくる。季節はすっかり秋だ。と思っていたが、一昨日の10月4日、首都圏では突然30度を越える真夏日になった。これまでの(たった3ヶ月ではあるが)パクチー育成の経験上、急激に気温が上がると、パクチーがたちまちにしてしおれて、土に返っていくことが容易に想像できた。さやかも同じ考えで、一緒にプランターを確認したところ、やはり、先週まで勢い良く成長しているように見えたパクチーの茎が、ぐにゃっと倒れていた。土に返っていくのを見届けるのは、もうたくさんだ。私たちは、まだ十分に育っていないパクチーを思い切って収穫することにした(「収穫する」より「摘む」というほうが正確かもしれないが)。収穫できたのは、お正月の一人分の雑煮の上にちょこんとのせる三つ葉くらいの量だった。しかも、葉は、まだパクチーだと明確に認識できるような形にはなっていなかった。それでも食べてみることにした。

パクチー嫌いの私たちも、ずいぶんと変わったものだ。パクチーハウス東京を訪問し、さまざまなパクチー料理を堪能し「洗礼」を受けたことで、パクチーに対して寛容になったのかもしれない(パクチーハウス東京訪問については、先週の記事を参照)。さやかに至っては、プランターから摘んだパクチーの葉を、水洗いすることもなくいきなり口に放り込んだ。そして、気のせいか、「おいしー!」と言った。私の聞き違いか記憶違いかもしれない。私もさやかの勢いに押されて、小さな小さなパクチーの葉を口に入れた。噛み締めてもすぐには味はしなかったが、じきに、鼻の奥からすーっと、あのパクチーの香りがそこはかとなく漂ってきた。自分でも不思議だったが、「不味い!」とは思わず、育ててきたこの小さな葉っぱから「ちゃんとパクチーの味がして良かった」という気持ちが湧き上がってきた。


私たちは懲りずに、またパクチーの種を蒔いて、育てることにした。種蒔きをするたびに、葉とは異なる、ほんのり甘い良い香りがすると感じる。『スパイス&ハーブの使いこなし事典』(主婦の友社, 2014)によれば、パクチーの種は、その芳香を生かし、ポプリとして使われることもあるようだ。これまでの記事で書いたように、日本でタイ語の「パクチー」という名称で、葉の部分を使うことが人気になったのは最近のことだ。しかし、種の部分は、ひと昔前から英語の「コリアンダー」という名称で、さらに昔はオランダ語由来の「コエンドロ」という名称で、日本の食生活において親しまれてきた。

文化人類学者・民族学者として日本および世界の食文化を研究してきた石毛直道は、著書の『食いしん坊の民族学』の中で、日本人の食生活に、いつ頃からどのように「コエンドロ」が登場したかを述べている。石毛によれば、古くは1668年に刊行された江戸時代の料理本『料理塩梅集』の中の、魚料理「一夜鮓方」の調理法に出てくる。イワシなどの新鮮な魚に煮立てた酢をかけておき、ワケギを敷き詰めたすし桶に、その魚を置く。ワケギにも魚にも、粉末にした「コエンドロ」をふりかけて、重しをのせて一晩おけば、上等の味になるという。石毛は実際に作ってみて、この調理法においては「コエンドロ」の香りがあまり生きていないと感想を述べている。結局この調理法は、江戸時代以降、後世には残らなかったので、日本人には好まれなかったということだろう。その後、「コエンドロ」は、カレー粉、ソーセージ、パン、キャンディなどをつくる工場で使われるようになった。『食いしん坊の民族学』が出版された1980年前後には、「コリアンダー」の名で、デパートの「スパイス」コーナーに置かれるようになった。その頃から、「コリアンダー」を、日頃の食生活に取り入れる人が増えたと言えるだろう。

パクチーの小さな種の背後にある歴史を思いながら、私たちはまた種蒔きをする。今度こそは、師匠や研究室の仲間たちとも分かち合えるほどの量を収穫できるようにしたい。