36: うっとりパクチー

あたらしい季節がはじまる。この時期は、土の中で芽吹きを待つ生命のようにそわそわしてしまう。気温が上がり、冬のあいだにピンと張り詰めていた空気が解凍したような感じがする。溶け出した空気の匂いは色濃くて、弾けるようなエネルギーに満ちている。私たちのパクチーも、春到来の予感にわくわくしているだろうか。先々週、大橋家に差し入れたパクチーは、カナさんが知らないあいだにユウタロウさんが全部食べてしまったらしい。パクチーたちはどんな料理になったのだろう。おいしく食べてもらえたなら、とてもうれしい。

最近、パクチーに対するアンテナがピンと張っているからかもしれないが、いろいろなところで「パクチーの会」なるものを耳にするようになった。好き嫌いの大きい食べ物だからこそ、好きなひと同士の仲間意識や結びつきが強いのかもしれない。相変わらず多くの人びとを魅了するパクチーだが、調べていくと意外な事実が発覚した。じつはパクチー自身が「媚薬」としても使われてきた歴史があるらしいのだ。例えばヨーロッパのある本草書では、『コリアンダーは惚れ薬である』という記述があるという。『但し、効くのは満月以外の、月が欠けている時に摘んだものだけ。』というのがなんとも神秘めいていてロマンティックだ。さらに「千夜一夜物語」においては、麻酔薬を売るひとが「愛のおまじない」を唱える際にコリアンダーを使用したと記されているらしい。

ではここで、あやしげな【媚薬】コリアンダードリンクの紹介をしよう。

①コリアンダーの実7粒をすり鉢にいれてつぶす
②「あったかい実、あったかい心、ずっと仲よくしてね。」と3回唱える
③それを1リットルの白ワインに入れてよく混ぜる
④10分ほどおく
⑤好きな人に飲ませる
『魔女の薬草箱』西村佑子/株式会社山と渓谷社 より

どうしてもハートを射止めたい異性がいるひとには、ぜひ試していただきたい。胃弱にも、消化不良にも、はたまた苦しい片思いにも。困った時のパクチー頼み、なのである。本当に効果があるかどうかはさておき、このようにパクチーには【媚薬】としての一面もある。パクチーが栄養や効能などの「機能」を超えて、人びとの「心の支え」にもなってきたことがうかがえるお話なのであった。