48: パクチーとタネ

はしもとさやか
週刊パクチー通信
4 min readJun 8, 2017

そろそろ梅雨の予感がする。暑かった5月の日々に比べ気温が下がり、代わりに湿度は急上昇だ。本日6月8日の午前中は、しとしと降る雨と曇り空を眺めながら、「カナさんは無事に到着したかしら。」などと考えていた。カナさんがフィンランドに旅立っている今、少しのあいだではあるもののわたしにパクチー通信の行方がまかされている。自分でも頼りないなあと心細い気持ちになるが、しっかりと連載を守っていきたい所存だ...。そんなことを思っているうちに空の様子はどんどん変わり、午後は快晴となった。パクチーの様子を見に研究室に足を運ぶと、先日加藤先生とゆかいな仲間たちが設置したベンチのおかげで、いつもよりも楽しげな雰囲気がただよっていた。

2017.0608 16:59

にぎわいを見せているウッドデッキの様子にひきかえ、プランターのパクチーたちはますますしおれてきた。土に還ろうとする動きが活発なのだ。可愛らしかった白い花はいつの間にか姿を消し、緑色のタネがふくふくと実り始めている。茶色く変化し、すでに土の上に落ちているタネもいくつかあった。しかし、それを拾い上げさわってみると、どれもスカスカと軽く、頼りない。自分でタネを蒔いたときのことを思い出すと、それらとはどうも様子がちがうようだ。わたしは密かに心配していたことを思い出さずにはいられなかった。「これは、F1種なのではないか。」

まだまだ青いタネともがみの指

『タネが危ない』(野口勲,2011,日本経済新聞出版社.)によると、F1種とは、簡単に言えば一代限りのタネのことである。自家採種しても二代目以降はうまく育たないので、新たにタネを買う必要がある。これに対して、固定種というタネがある。これは、一度タネを蒔き、よくできた野菜を選抜しタネを採り、またそれを蒔き野菜を育てる・・・ということを続けることで、味や形が固定されたタネのことだ。要は自然の循環の中で、品種改良をくりかえしたタネだといえる。昔は世界中の農民が自家採種をしていたし、タネ屋は固定種をつくることが当たり前だった。よその土地で育まれた固定種のタネでも、何年も作り続ければ、植物の適応力を指す「馴化」により土地ごとに固有の野菜が生まれていった。

風土にあわせて自然の力を借りながら育まれていく固定種の野菜は、なによりもまず、おいしいらしい。そして多様性や環境適応力に富んでいる。人間の成長にばらつきがあるように、野菜の育ち方もまちまちになるので、長期にわたって収穫を楽しむことができる。よいことばかりのように聞こえるが、しかし、現在世に出回るタネは圧倒的にF1種が多い。なぜかというと話は第二次世界大戦後に遡り、アメリカをはじめとする国際経済の影響、日本としての国やJAの政策、東京オリンピックを契機にした都市部への人口流出など事情は複雑である。

しかし一番の理由としては、高度経済成長期以降の日本における『大量生産・大量消費の要請』に因るところが大きいという。F1種のタネで育てた野菜は、生育が早いだけでなく一様である。放っておいても同じ大きさに育ち、出来上がる野菜の揃いも良い。つまり一度に大量に出荷できるのだ。社会の要請によりF1種が広がるとともに、それまで「生き物」として人とともに存在した野菜が、規格どおりの均質さを求められる「工業製品」として扱われるようになった。

もちろん、この現象によって起こったのは悪いことばかりではない。農業の経済的発展や農家の負担軽減は計り知れないだろう。いずれにせよ大切なのは、タネというものをきっかけに、人類が歩んできた歴史や社会が動いてきた道すじをを少しでも知ろうとすることだと思う。いろいろなモノコトとの出会いをつうじて過去を知り、これからの未来を考えていくことが、今を生きる我々には必要なのだと思う。

さてここで、重要なお知らせです。

2016年7月14日(木)から始まった「週刊パクチー通信」は

2017年7月13日(木) の記念すべき1周年 第53号をもって

最終回です!

連載は残り5回となりました。皆さま最後まで、

どうぞよろしくお願い致します。

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