50: パクチーの種を手に取り思うこと

1週間ほど諸々の活動をお休みさせていただき、フィンランドに行ってきた。フィンランドには3年ほど住んだことがある。今回は5年ぶりの訪問だった。懐かしい場所を訪れ、大切な人びとに会い、いろいろな思いと経験を持ち帰ってきたが、そのことはまた別の機会に書こうと思う。留守中、パクチーのことはさやかときよとくんが見てくれていた。帰国後、久しぶりにプランターを見に行くと、パクチーはすっかり枯れてみすぼらしい姿になっていた。しかし、よく見るといくつもの茶色い種がついていた。

パクチーの栽培をしている人びとが書いているブログを読んで、種蒔き、発芽、成長、葉の収穫、開花、種の収穫というのが、一連のサイクルであることをあらためて理解した。成熟して茶色くなった種は収穫して、蒔いてもいいし、スパイスの「コリアンダー」として味わうこともできる。さて、どうするか。さやかたちと相談して決めたい。


この『週刊パクチー通信』のプロジェクトは、種蒔きに始まり、種の収穫で終わろうとしている。種と向き合う中で、以前さやかとあいこさんと一緒に観た映画『息の跡』のことを思い出した。この映画は、東日本大震災の津波で多くの人が暮らしの拠点を失った岩手県陸前高田市で、「たね屋」を営む佐藤貞一さんに密着したドキュメンタリー映画だ。佐藤さんは、自宅県店舗を流されてしまったが、数ヶ月後には、その場所に自らの手でプレハブを建て、営業を再開した。日々、「たね屋」として植物の管理をしながら、自らの震災の体験や復興に向けた日々の営みについて書き続けている。しかも、日本語ではなく独学で身につけた外国語で、である。英語、中国語の本を自費出版し、次はスペイン語でも本を書こうとしている。佐藤さんが震災の体験、その記録を世界に届けようとする理由は何なのか。そして、なぜ日本語ではなく外国語なのか。是非、映画を観てその答えを見つけていただきたい。

この映画には、佐藤さん以外の人物も少しは登場するが、ほとんどは、ひとりで「たね屋」の現場に飛び込んだ小森監督が、佐藤さんと過ごした時間の記録で構成されている。佐藤さんの「たね屋」としての日常、生き方が、すごい密度で写し出される。東日本大震災から6年が経過した。佐藤さんは、あの日を境に生活が一変し、今もなおその現実と向き合い、葛藤しながら生きている人のひとりだ。店先の看板には、力強い字で次のメッセージが書かれていた。

心に希望の種を!

パクチーの種を手に取りながら、この映画を通して出会った佐藤さんの人生に思いをめぐらせた。

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