51: パクチーとわたし

はしもとさやか
週刊パクチー通信
4 min readJun 29, 2017

ついに、パクチーがプランターから完全に姿を消した。今までお伝えしてきたように5月頃から花が咲き、6月に入ると葉と茎が枯れて種が実り始めた。そしておとといの6月27日火曜日、収穫可能な全ての種を拾い上げて、すっかり枯れてしまったパクチーを片付けたのだ。実はふたつのプランターのうちひとつは先に空っぽにしていたため、すでに加藤先生があたらしい植物を植えている。今度はバジルの登場だ。1年間パクチーと向き合ってきた私としては少し寂しいが、これからはバジルたちが研究室の景色を彩ってくれることだろう。

2017.0629 17:35

収穫できた種はほんのわずかではあるが、なかなか立派だ。私は「48: パクチーとタネ」で書いたようにこれを蒔いてもうまく育たないのではないかと疑っている。だが、記念としてお世話になった人びとに配って蒔いてもらうのもいいだろう。それとも、スパイスとして料理に使ってみんなで食べるのがいいだろうか。迫り来る最終回までに、カナさんと相談して決めたいと思う。

さて、6月ももうすぐ終わる。今年ももう折り返しなのだと思うと、時の流れの速さがおそろしい。いま季節は梅雨だけれど、雨が降る日は少なく感じる。本日も晴天で、ジメジメとした湿度の高さが気になるけれど気分はすっかり夏だ。もうすぐ、おそらく学生としての最後の夏休みが到来する。人生最後の長い長い夏季休暇かもしれない・・・と思うと、寂しさと切なさと感慨深さが心の中でせめぎ合う。けれどやっぱり「夏休み」という甘美な響きには敵わず、浮かれる気持ちも止まらない。気持ち良く夏休みを迎えるべく、まずは学期末のプレゼンテーションやレポートにしっかり取り組んでいきたい所存である。

昨年の夏休みはどう過ごしていたのだろう、と思ってパクチー通信を読み返してみると、思うようにすすまないパクチー育成に悪戦苦闘していた様子がうかがえる。ちょうど8月1日に加藤先生が最初に植えていたパクチーを完全に枯らしてしまい、8月4日に2度目の種を蒔いたようだ。(そして、この後も何度か種を蒔き直すこととなる。)例年なら学校から足が遠のく夏休み期間も定期的に研究室に足を運び、水をあげたり土を替えたりしていた。実家に帰省して畑の手伝いをしているときもパクチーのことを考えていたようだし、台湾旅行のときにもパクチーとの出会いを求めて歩きまわっていたようだ。私の2016年の夏は、パクチー通信なくしては語れない。同時に、パクチー通信として記録が残っているからこそ、2016年の夏をさまざまと思い出せるとも言える。

↑記念すべき初投稿のパクチー通信

そこで私にとってのパクチー通信とはなんだろう、と考えてみると、主に4つの「記録」としての側面があると気づいた。①パクチー育成の観察記録、②パクチーに関連するフィールドワークの記録、③パクチーに関連する文献などの調査記録、そして④私自身の生活記録(Life document)である。最終回を間近に控えた今、特に「生活記録」としてのパクチー通信の役目の大きさを感じている。1年間にわたってほぼ隔週でパクチー通信を書き続けてきたわけだが、文章には否応なくその時々の自分自身の心境や状況が反映されている。ひとつひとつの記事を読み返せば、書かれていることから当時の自分を思い出すことができる。同時に、書かれていないことの記憶をも蘇らせてくれる。「あのときはこんなことで悩んでいたなあ」とか、「この記事は高熱で苦しみながら書いたなあ」とか。また、これまで書いてきた23本の文章をひとかたまりの記録としてとらえれば、文章と文章のあいだの空白やつながりから、自分自身の変化や成長を読み取ることもできる。

そう考えれば、他の3つの側面も自分自身の記録に他ならないのかもしれない。私はパクチーを観察し、フィールドワークの現場に赴き、文献調査をしているとき、パクチーと向き合っていると思っていた。けれど本当は、パクチーを通して自分に向き合う機会を与えてもらっていたのだ。いま、パクチー通信の存在が有り難く、ますます愛おしい。ここに残った1年間の記録を、後生大切にしていきたいと思った。

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