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「そのまま」がいい

「いいね」回数の非表示は可能か

SNS疲れというのはよく聞きますね。「何事にも真面目で責任感が強く、一生懸命な人」がなりやすいのだと思います。要するに抑うつ状態になるわけです。一般的には鬱病ないし鬱状態です。日本人の得意芸です。

ネット上のシステムが、「いいね」を数値化することで、検索結果の順位やタイムラインの表示優先度のアルゴリズムのデータとして利用しやすいよう上手く設計しているのですが、それが結果として、人間の承認欲求や射幸心を煽るようにも上手く設計されているのが原因の一つでもあるのでしょう。しかし、アルゴリズムを作るのは人間なので、ここでいう原因と結果は逆で、システム設計者は、意図的に人間を操作するようにシステムを設計していると考えるのが妥当でしょう。

さて、それではシステム(サービス)を利用するユーザーはどうすれば良いのか。

ネットで金儲けをしている人たちは、話題化されないとお金にならないので、システムの仕組みを上手く使って稼いで行きます。それは当然、良いことです、商売なのだから。現在、それがただのパクリだったり、グレーゾーンで構成されていることが問題になっているわけです。その辺は、現実世界でやっていることと同じですね。誰を引きずり落として誰が得するかのパイの奪い合い大会が絶賛開催中ということです。

問題は、それとは関係のない一般の人が、訳も分からずに、承認欲求や射幸心に煽られて「いいね」の数を気にしてしまうことにあります。何しろ、システムがそうするように上手く設計されているのですから。

レスポンス元のくろたまさんのストーリーは、まさにここについて問題提起をしているわけです。

そんなもの関係ないよ! と虚勢を張りつつも、数字として見えてくると気になる。渾身の記事がほとんど読まれない現実をどう解釈しようかと悩む。文がおかしい? 話題がつまらない?

しかし、ご自身が、「SNSのLike(Recommend)な数値は必要ですか」というタイトルと意見を持ちつつ、やはり、自分の中で「いいね」の数値が気になってしようがないわけです。なので、副題にある通り「曖昧な指標はできないものか」と問われるのも無理はないと思います。

くろたまさんは、承認欲求や射幸心は必要であるということを前提とした上でストーリーを書くものである、と私は解釈しました。ならば、必ず対価が必要であり、それがSNSでは問題の「いいね」とその数であるわけです。これは、現実的な人の考え方です。

一方、私は浮世離れしている感があるので、「いいね」とその数は全く気にしていません。MediumのSTATも見ていません。まだ余裕があるので、レスポンスしてくださった方には返信しますし、いいねしてくれた方で知らない方が居たら、何かのご縁だと思ってフォローしています。良いストーリーに巡り合えるようにするためです。

人間には多かれ少なかれ、承認欲求や射幸心は誰もに存在するものだと私も思います。ただし、ストーリーを投稿した後の対価は、そんなものは必要ない、「そのまま」で良いのではないかというのが私の意見です。「そのまま」はginoさんの言葉で、最近の私のお気に入りのフレーズです。

実際には、「いいね」の数が見えてしまうのが問題なわけで、「いいね」ボタンはあるが押された回数は非表示にして、アルゴリズムだけがそれを利用するとなれば、くろたまさんがおっしゃるように曖昧になり良いわけですが、システム設計者はそれを許さないでしょう。何しろ、ネットの中の神々の戦いはまだまだ続いているのですから。