Mediumを始める。なぜか?

なにやら、「読みもの系の面白そうなサービスがあるみたいだぞ」ということで、Mediumへアカウントを作り活動を始めることにする。

ネットでの活動は本当に久しぶりで、主要なサービスの更新履歴を調べてみたら以下のようになっていた。

・Blogは、”じゅげむ”からFC2そして、Bloggerへと引っ越し、最終更新が2012年12月30日。(それ以前に利用していたホームページは、今調べてみたら時効なのか消滅していた)

・Twitterの最終更新が2013年11月28日だが、実際は”Pick”サービスで投稿した写真を自動転載していただけなので、文章を最後にツイートしたのは2013年7月4日。

・Instagramの最終更新は2015年12月31日。

・Facebookといえば、毎年、1年に1回、子供の誕生日の日だけ近況を投稿していた。

その他の状況もほとんど同じような状態で、まさに、広大なネットの海の中の陸の孤島でスローライフをする、である。

なぜか?

「リアルが忙しいから」

流石にこの建前だけでは色気がないので、もう少し具体的に記録を残してみる。

まず、一番の理由は「飽きたから」。

ネットの世界が進化しても、私の目的は「ネットから情報を得る。そして、ネタがあればネットへ提供する」であり、初めから今まで何も進化していない。

また、人並みに年を取り、いい歳したおっさんになってくると、良い加減に興味のあることもだんだんと減ってくる。

そのため、「ネットのモノに興味がなくなってきた=そろそろ飽きてきた」と。

懐古主義ではないが、昔のホームページの時代から比べて、読ませる内容のモノが減ってきているのを実感している。これは、逆にそれ以外のモノが圧倒的に増えてきただけなのかもしれないが。

「お台場なう」「ラーメンうまし」などといったモノには、興味がないのである。

二番目の理由は「人と繋がらないから」。

SNSの登場で情報を提供する投稿者とその読者との間で、コミュニケーションがより簡単に取れるようになり、情報より人に重点が置かれるようになった。

ネットを使って金儲けや自己顕示欲を満たそうと考えている人間には良い時代である。

一方、自分の方は金儲けを全く考えていなかったので、状況を傍観することができた。

例えば、読者または友人を増やすために、ひたすらフォローや”いいね”をしまくり、返ってきたコメントには全て返信する。この作業を機械的に繰り返す。何百件でも・・・。

機械的なことは機械にやらせれば良いだろうと至った人は、善悪を別にして適応している。

だが、手作業でやっていた人には、心から大変だったねと同情したくなる。

なぜなら、自分など、家族や親戚、近所付き合い、仕事上のコミュニケーションで一杯一杯であり、それプラスSNSでの人物関係づけ作業の連続など、到底疲れてできないから。

私は、人と繋がらないというより、目的なく繋がり続ける作業をしたくなかったのだろう。

今でも変わらず、無理せず一期一会の気持ちで良いのではないかと思っている。

それでは、なぜMediumを始めるのか。

ネットへアウトプットしていない間も、今この記事で書いているような内容のことや浮かんできたアイデアなどは、アナログのノートやデジタルのEvernoteに書いていた。

よって、Mediumがなければ文章が書けないわけではないので、疑問(質問)としては、「なぜMediumを始めるのか」よりも「なぜネットに再び投稿することにしたのか?」の方が大事であろう。

だが、どちらの疑問でもその答えは、開発者の思想に共感したからだと思う。

冒頭で述べたように、「なんだか久しぶりに面白そうなモノが出てきたな」という、胸がときめくような小さな衝動を感じた。

この「お砂場」が、ユーザーの手によって立派な図書館になるのだろうか?

サービスがどこまで進化するのだろうか?

コンテンツのネットワークは、今よりも上手く、そして実現および利用できるのか?

私の実生活(内面的なものを含めて)に、どこまで利益をもたらすのだろうか?

以上のことから、Mediumという魅力的な”場”に、自分も参加したいという気持ちが生じ、活動を始めることにしたわけである。

そんなわけで、今後はHP(ホームページ)の時代から続けている、「ネタが無ければ更新しない」の信条でMediumをのんびり楽しんでいく。


(この記事はEvernoteで原稿を作成し、コピペした後にリンクなどの編集を加えている。使い方がまだ良くわからないため。)