「お兄さんも一杯好きなのどうぞ」

Sho Okawa
隔日日記
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3 min readSep 25, 2016

この夏から、新宿ゴールデン街にある、とあるミュージックバーで働いている。そもそものはじまりは、大学時代の音楽好きの先輩と店にふらっと立ち寄ったことがきっかけだ。はじめて入ったその店は、店内に流れる趣味のいい音楽と、3坪ほどしかないとんでもない店の狭さと、ゆるく気さくな店長とで、とても居心地が良かった。ぼくがバイトをしていない大学院生であることを告げ、こういった場所に興味があるといった話をしていると、店長は「じゃあここで働く?」とその場で誘ってくださった。「今度映画見に行く?」くらいの軽いリクエストに、こちらも軽い受け答えで承諾し、来店してからわずか二日後にぼくはバーテンダーとしてカウンターに立っていた。

ゴールデン街

バイト初日、ぼくの初仕事は「店長を電話で起こす」ことだった。店に来ても鍵がかかっており、一向に店に訪れる気配のない店長に電話をしてみると、案の定、すっかり寝坊していたらしかった。ぼくは、このゆるい感じが結構好きだ(遅刻が好きなわけではないけれど)。そのゆるさを示すように、この店にはマニュアルが一切ない。タイムカードも存在しない。シフトも、口頭で伝えられるのみの、口約束だ。お客さん同士で話が盛り上がっているときは、店員同士で私語をしながら接客するし、店長はずっとカウンターでタバコを吸っている。この何とも言えないゆるさが、ぼくにとってはとても居心地がいいのだ。

ぼくは簡単なお酒を作らせてもらったり、伝票に書き込む以外は、基本的に店の選曲担当を任されている。しかし何よりも、お客さんと話をすることが一番の仕事だ。常連さんが店に来ると、店長が「新入りのスタッフなんすよ」と紹介してくれる。常連さん以外にも、外国から来た観光客や一見さんなど様々な人が来店する。音楽の話や、ぼくの大学院の話、出身地の話や最近あった出来事などの話をすることが多い。話が盛り上がると、たまにお客さんが「お兄さんも好きなの飲んでね」と一杯奢ってくれることがある。「いただきます!」とぼくはコークハイなどを口にし、さらにそのお客さんとの話を盛り上げようという気持ちになる。奢ってもらったらその人と話す、といったマニュアルはもちろんこの店にはない。ただ、ぼくのためにお金を落としてくれた、という心意気に感謝し、自然と顔がそちらへ向くのだ。

先週の土曜日、はじめて週末に店に入った。観光客や常連さんなどで店は常に盛況で、忙しいながらもいろんな方々と話をすることができた。ぼくは終電で帰るので、11時半ごろに店をあがるのだが、その少し前に立て続けに二杯お酒を奢ってもらった。こんなに飲めるかな、と戸惑っていたぼくに、店長は「緑茶ハイが一番飲みやすいから、この辺の人はみんな緑ハイだよ」と勧めてくれた。せっかく奢ってもらったのだから、とお酒が弱いぼくも少し強がって飲み干し、終電ギリギリに店を出た。緑ハイは苦かったけれど、気持ちのいい酔いを感じながら駅に向かった。

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Sho Okawa
隔日日記

大学院生2年目。新宿ゴールデン街で働いています。