選曲が左右すること

Sho Okawa
隔日日記
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4 min readOct 4, 2016
店内の様子

ミュージックバーで働き始めて1ヵ月弱、ようやく仕事にも少しの余裕が出てきた。商品の値段も覚えてきたし、お酒も徐々に作らせてもらっている。メインの仕事は「選曲」なのだが、店のPCに自分の曲を同期したこともあって曲へのアクセスがよりスピーディになり、思い通りの選曲ができるようになってきた。しかし同時に、選曲の奥深さと難しさを実感しはじめた。二回目にバイトに入った際、お客さんの会話がひと段落したタイミングでバラード調のソウルをかけたことがあった。ひと段落した沈黙の中に流れたその曲は、いわば「蛍の光」的な役割を担ったのか、お客さんはそこでキリ良く退店してしまった。たかが選曲なのだが、音楽が店の雰囲気を左右することがあるのだと気づき、それからはできる限り注意深く店内を観察しながら音楽をかけるように心がけている。

ところで、この店のコンセプトは「ロック・ブルース・ソウル」だ。といっても、選曲を担当する店員によって指向は多少異なる。年代も、60年代から90年代、ときには最新の音楽までさまざまな音楽が店内に流れる。決まったプレイリストではなく、一曲ごとに次の曲を選んでいるので、その曲の流れはもう二度と再現できない、その日限りのものだ。音楽をかけるぼくの趣味・知識とその場に居合わせたお客さんの趣味や雰囲気が互いに影響しあって、次の曲が選ばれていく。

ぼくがまず注意を向けるのは、お客さんの容姿だ。年齢、衣服、性別などから趣味を想像し、曲をかけて反応を見る。外国の観光客であれば、出身地も重要な情報だ。以前アイルランド出身のお客さんがいたときに、ザ・フレイムスというアイリッシュバンドをかけたときは、跳んで喜んでいた。年齢や出身地から好みを判断するためには、時代ごとに音楽を知っている必要がある。お客さんが青春を生きた時代と、その世代に人気があったアーティスト、それらを自分の引出しから探していく作業だ。曲を試しながら、お客さんの反応を観察することも忘れてはならない。わかりやすくこちらにアイコンタクトをくれるお客さんもいれば、「うんうん」と頷くだけのお客さんもいる。そのわずかなフィードバックを頼りに、こちらも次の曲で応えていく。ことばのやりとりこそないが、音楽を介したコミュニケーションだ。

そうやって曲をかけていると、ときどきリクエストをくれるお客さんがでてくる。たいていは、ぼくのかけた曲に反応してくれたあとに、そこから連鎖的に曲をお願いしてくる。ぼくもリクエストは快く引き受けることがほとんどだ。しかし、ときには店の雰囲気を壊しかねない注文や、続けて10曲もお願いされることがある。ある日、外国のお客さんに立て続けに何曲もお願いされ、ぼくが曲のコントロールを完全に失ったことがあった。特に店の雰囲気を壊すような曲ではないし、お客さんが喜ぶならとかけていたのだが、店長から突然、「リクエストと全く真逆のやつかけなよ」と言われた。少し考えたのち、ぼくは店長に従って、(お客さんに一言伝えてから)リクエストされていたカニエ・ウェストの真逆としてウルフルズの大阪ストラットをかけてみた。するとリクエストを続けていたお客さんたちはふと我に返ったような表情で、先ほどまでの大盛り上がりから一転して落ち着きを取り戻し、ゆっくりとお酒を飲み始めた。なんだか、音楽をかけているぼくという存在を突然思い出したかのように見えた。店で流れる音楽は店員と客の相互作用で決められていくのであって、どちらか一方が好き放題に曲を選ぶと、店全体の流れが澱んでしまうのだ。たかが選曲なのだが、音楽が店の雰囲気に与える影響は思いの他大きい。まして、それをコントロールする権利が行ったり来たりしては、「店員と客」という関係が不安定になってしまうこともある。「選曲」という役割が担うのは、曲を選ぶだけではなく、曲を通してのお客さんとのコミュニケーションとコントロールなのかもしれない。

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Sho Okawa
隔日日記

大学院生2年目。新宿ゴールデン街で働いています。