初めての旅、漢江を渡る夜風

1985年に初めて訪れた韓国では、関川夏央さんのソウルの練習問題のように様々な出会いと交流があった。こんなにたくさんの人と触れ合うことができるひとり旅は初めての経験だった。

11日間の旅の最終日、小雨が降る景福宮。
かつての王宮で舟を浮かべて宴会をしたという場所で、柳の木の下で暫し雨宿りをしながら通り過ぎる人々をぼんやりと眺めていた。若い女性と初老の男性が日本語で話しながら通り過ぎていった。当時のソウル市内では若い韓国人女性と日本のオジさまという組み合わせをうんざりするほど目撃することができた。日本人観光客のほとんどがこのパターンだった。この二人もきっとその手の観光客なんだろうなぁと、通り過ぎる二人を冷ややかに見ていた。

すると通り過ぎた女性が急に振り返って韓国語で話しかけてきた。
「傘持っていないんですか?」
予想外の展開に、しかも韓国語で話しかけられたため、即座に反応できずに数秒後にたどたどしい韓国語で応えた。
「は、はい。傘がありません。」
すぐに外国人とわかる韓国語の発音に相手の女性も驚いた様子で
「あっ、日本の方ですか?」と近づいてきた。

女性は日本語を勉強しているそうで、一緒にいるオジさまは日本人ではなく日本語がすごく上手な韓国人だった。日本語を学ぶためにたまに二人で会って、散歩しながら日本語で会話をするという方式で日本語レッスンの最中だったのだ。とんでもない誤解をしてゴメンなさい。

女性はホンモノの日本人と直接話すのは初めてだそうで、しかもカタコトの韓国語を話す若い日本人男性に驚いた様子だった。そしてこれから同じく日本語を学んでいる女友達と会う予定なので、ぜひ一緒にお茶しませんか?と誘われた。思いがけないソウルの練習問題的な展開にこちらも喜んで参加させていただくことにした。日本語の上手なオジさま、いや、先生は、それじゃ後は若い人どうしで楽しくやりなさいと景福宮を出たところで別れた。

女性の友達も合流して、三人で明洞のカフェに行った。初めて生の日本人と話すという二人の興味は尽きることなく、圧倒的に会話の主導権を持って行かれ、筆談も交えて三人の会話は大いに盛り上がった。そして日本人である自分がカタコトの韓国語を話すことについても相当の驚きを感じたようだった。おそらくカフェの店内には三人が話す日本語が響き渡っていたと思う。

そんな中で、隣に座っていた若い男性のグループがチラチラとこちらを見ながら「あーソウデスカ、ニホンデスカ〜」みたいな日本語が断片的に聞こえてくる。韓国人の若い女性と日本人が楽しく会話をしているのが何となく面白くないのかな?そんな印象を持った。何となく批判的な視線を感じたのだ。

すると男性グループの一人がこちらのテーブルの女性に何やら韓国語で話しかけてきた。ん?ついにクレームが来たか?と思い少し緊張が走る。話を聞いてみると全く逆で、我々も一緒に参加してもいいですか?というお誘いだったのだ。男性の一人は親が日本に駐在していたため、新潟で高校に通っていたことがあるそうで、日本語が達者な人だった。彼らは大学の友達で、隣の席に日本人らしき若者がいるので一緒に話してみたいと機会をうかがっていたようだった。

二つのグループが合流して、話は更に盛り上がり、それじゃあ一緒に飲みに行こう!という展開になった。最初に景福宮で出会った女性陣二人とは明洞で別れて、次は男だけで江南まで飲みに出かけた。江南んエリアは今でこそ一大繁華街だが、当時はまだ圧倒的に江北が中心地で、日本のガイドブックには江南エリアはほとんど出ていなかった。タクシーで江南へと移動し、ビリヤードをやりながら酒を飲んで、盛大に盛り上がった。

新潟に住んでいた人が通訳をして他の友達とも色々話したが、一人もの凄く酔っぱらった人が頭に鉢巻きのようなものをして、「カミカゼ〜」とか言い出して肩を組んできた。酔っぱらって何を言ってるのかよく聞き取れなかったが、彼は一生懸命何かを伝えようとしてくれた。肩を組みながら、もう片方の手を自分の胸に当てて、しきりに「ハート!ハート!」と叫んでいた。オレは日本語が出来ないけど、オレのハート、気持ちはわかってくれるか?オレのハートは伝わるだろう?と何度も何度も熱く語りかけてきた。その状況ではもちろん言語が伝わるかどうかを超越して、同世代の若者どうし気持ちは十分に通じ合っていたのだ。通訳も必要なかった。

こうして初めての韓国の旅、最終日の夜は更けていった。最後の夜に劇的な出会いがあり、11日間の旅で最も熱く盛り上がった。江南から一人タクシーでホテルへ戻る時、ちょうど漢江を渡る時にタクシーの窓を開けてみた。風に吹かれながらソウルの夜景を眺め、初めての韓国の旅を締めくくった。漢江を渡る夜風が実に心地良かった。あの時感じた風の心地良さ。それをずっと追いかけてきたのかも知れない。

Show your support

Clapping shows how much you appreciated monzaemon’s story.