津乃峰街道 Tsunomine-Kaido

内原

先日内原の山道でお会いしたYさんの仰ったことを確かめたい。そう思った。そのためには一旦津乃峰町から登り、尾根伝いに内原まで行き、前回見つけておいた降りるポイントから降りて来ると確認できる。それは峠になってるところだ。

峠付近

さてYさんの話はこうだった。内原からは津乃峰に行く「津乃峰街道」はYさんの道よりもう一つ山の向こう(東)にある。さらに県道を東に行くと「指さし岩」がある。順番にため池、鳥居がある、というものだった。なお、内原町と津乃峰町の境は峠で、このあたりに山神社があり、その西にため池がある。これですか?と聞いたが、どうもこれではなさそうだった。そして鳥居は山神社でなく、妙見神社だという。今は合祀されてしまい神社はないという話だ。

展望

行程は逆方向でまず津乃峰町から裏参道を登り、途中から内原への尾根に乗る。ここは特に変わらないが、見渡せるビューポイントを確認したかったのだ。もう何回か来ているが太陽の向きや天気のせいもあり、なかなか満足のいく写真が撮れずにいる。

津乃峰への道

尾根を歩くこと30分。やがてあらかじめここから降りてみようと、第一候補にしていた峠に行き着く。この峠付近はやたら砂が多く崩れている。土質のせいだろう。何度来ても不思議なところだ。かつて成松氏が祀っていた神社があったという鎮ヶ峰はここなのだろうか?峠の反対側を降りると長生町大原に着くのだろう。峠を下ろうとすると谷の左側に道がある。この道を行こう。

神社名不詳

やがて巨木が尾根にあるのが目に入る。ここで二股に分かれている。降りてきた道は右側だ。左を選び少し行くと山中にいきなり鳥居がある。右の柱に「明治十一年戊寅三月建立」左に「世話人 内原村中」と刻まれている。扁額は取り外されているようだ。これが妙見神社なのか?

通り過ぎ少し行くと野良仕事をしている老婆と孫に出会う。もう麓だ。黄色くなったスダチをいただき、お礼を言う。「先月来たらユズをあげられたのに。今度は5月ごろ来たら甘夏をあげるよ。」と暖かなおもてなし。

自然石の道しるべ

山道からコンクリートの道に降りると道標があった。見ると指さしの図の下に「左つのみね」と彫られている。Yさんの言ってたのはこれだろうか?確か県道沿いのはずだったが。

櫛ヶ谷池

そしてその横には大きなため池。櫛ヶ谷池といい、この辺の池で一番大きい。内原は川がなく、水に苦労したのだろう、ため池が多い。この脇には車を停めるスペースがある。道なりに降り県道に至る。この県道の取り合いに道標があった。「つのみね」と彫られている。これだ。やはりYさんの言う通りだ。

指さし岩

無事、津乃峰街道を確認することができた。内原は成松氏という有力な氏族がおり栄えたという。津乃峰街道はその成松氏の本拠地から津乃峰へとつながる道だ。また、内原鎮ヶ峰から南の山を越え橘町大浦に移転した海正八幡神社の秋祭りでは成松氏が到着しないと練りがはじまらなかったらしい。

後日、鎮ヶ峰も探してみたい。

なお、この日の行程がひととおり終わった後、津峯神社を参拝し、先日のお礼を申し上げてきた。

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