Medium Japanのこと

(私にとっての)

昨年の2月だった、私がMediumに投稿し始めたのは。ちょうどTwitterが一万文字に対応することを検討している云々と報じられた頃に、Twitterには長すぎてブログに書くには短すぎる材料を収める場所として、Mediumを選んだのだった。

どうしてnoteではなかったのか。いや、noteも検討したんだけど、Mediumの方により惹かれたんだ、直感的に。誰に勧められたわけでもないし、相談したわけでもない。だけど使ってみて、書くに特化した仕様がずいぶん気に入った。あんまりすらすら書けるものだから、あべこべに文体を抑制する始末だった。

で、2週間後には早速ボヤきはじめる。

今ふり返れば手探り状態なのが正直おっかなかったんだよ。けど、そんな私の投稿をMedium Japanのキューレター諸氏は温かく見守っていた。海のものとも山のものとも分からない地方在住の中年男の書く変り種をたびたびチョイスしてくれ、Twitterのアカウントでも注目記事として知らせてくれた。


そして4月、私は災害に見舞われた。

私は震災直後からTwitterにたくさん投稿したけれど、まとまった記事としては上に掲げた二つがもっとも正直な心境を書き表していると感じる。余計な装飾がなく、かといって不足もない、あの混乱のさなかによくもまあ書けたものだと我ながら感心する。たぶんそれは、Mediumの書きやすさ、編集のしやすさが大きな要因ではないかと思うのだ。Twitterでは推敲が出来ぬし、ブログではサクサクと切り貼りできない(実を言うと私はMediumの記事はぜんぶiPhoneで入力している)。要するに「Mediumによって書かされている」側面が大なのである。そのくらいライティングツールとしてMediumは優れていると思う。

だが、その書きやすさをアピールしてもMediumユーザーの輪は一向に広がらない。私のTwitterフォロワーが私のMediumでの投稿を読んで、「おもしろそうだな、じゃあ私もやってみよう」という具合にはなかなかならない。いわゆる客層の違いかしらと訝しがったが、どうやらそうではなさそうだ。では、広まらないのは一体何が原因なんだろう。

気がつけばMediumに「Medium論」が多く投稿されるようになった。私はそんな状況を冷ややかにみていた。それは「そのうちユーザーが増えれば、この牧歌的な雰囲気も早晩なくなりますよ」という「希望的観測」によるものだった。

はっきり言って私は、この楽園を誰が維持し、管理しているかに全く思いが及んでいなかった。どこかのお大尽が「よし、理想のSNSを思う存分展開してみたまえ」と言いながら潤沢な資金を注ぎこんでいるとでも想像したんだろうか。おそらくMedium Japanの中の人たちは、私たちの無責任な感想を読む度、事情も知らないで何を呑気なことを、と歯がゆい気持ちでいたに違いない。


秋になり、父が亡くなった。このときも正直な心境を素直に書き表せたのは、旧くから使っている「はてなブログ」ではなかった。私は遺品を整理するように、Mediumに文字を淡々と並べていった。

このころから年末にかけてが、私が一番熱心にMediumに投稿していた時期だろう。はてなで書くようなシリアスな材料も、Mediumで試すようになった。私はMediumを自分の本拠地だとして、大事な文章を残す場所にしようと決心しかけていた、ところが。

12月に入ったころからか、Your personal listに並ぶ記事が、あきらかに変質し始めた。率直に言うと、下世話になった。成功する・儲かる・セミナーの・ご案内的な「物語」が、日を追うごとに増えているように感じた。

私はかねがねイノベーションにもスキルアップにも興味はないと唱えていたので、かかる状況の変化が愉快ではなかった。広告や宣伝のないMediumの長閑で上品な環境が損なわれた気がしたのである。

だから散々イヤミを言った。田舎者特有の僻みやコンプレックスも含んでいた。けれども私には、Mediumのおすすめする物語どもが、どうしても山手線の円内でしか通用しないように思えてならなかった。起業家と志望者、Establishmentおよびその候補生、“success”storyしか欲さない野心家のみに開かれた劇場のように見えた。Gated community、それがMediumの指向だと言うのなら私(ら)は用無しだな?そんな苦々しい思いが、以下の二つの記事を書かせたのだ。

私は「選ばれし者の言葉が正解とは限らない。」と書いた。私には、Mediumが「選ばれし者の物語ばかりをかき集めている」ように映ったのだが、それはあながち間違ってはいなかったようだ。


創業者エヴァン・ウィリアムズは「書かれたものの価値」に重きを置き、Mediumを設計した。

その「優れた物語」が生成される過程において、エディターのキューレーションは大きな要因となる。物語は、アルゴリズムによって示された「傾向」から、原型が自然と浮かび上がってくるほど、おめでたいものではない。ある種の意図的な引っ張り上げ、人的なクローズアップがなされなければ、価値は付加されないと考えられる。他ならぬMedium自体がEditer’s choiceを設けていることからも、それは明らかである。

私には、Mediumは、巨大な電子雑誌になりたがっているように思える。そう、先に掲げたWIREDのように、優れたライターがしのぎを削る。しかも建設的な、古代ギリシアのアゴラのごとく闊達な論議が交わされる、意見や感想が書き手とイーヴンの立場である場所を夢想しているように感じる。まるでお伽話みたいな理想の言論空間だけど、はたしてスポンサーのサポートなしでは成立し得ないものなのか。いずれユーザーへの課金が必要となるシステムなのか。私には分からない。分からないが今後も優れたテキストを読みたいし、できれば書き手として参加していたい。

Mediumに携わる人びと、私のように肩入れしたユーザーが、Mediumそのものを論じたくなる誘惑に抗えない理由は、エヴァン氏の夢想したビジョンがあまりにも眩しいからかもしれない。そしてその理想主義が、新参には入りにくい敷居の高さにもつながっているのかもしれない。


いずれにせよ、日本におけるMediumの第1章は今日をもって終わりを告げた。私はTwitterに以下の二つを投稿した。

要約<Mediumは本年よりすべてのオペレーションを本社サンフランシスコに集中させるため、これまで2年に渡って運営、キュレーションしてきた各公式パブリケーションやTwitter、Facebookを本日を持って止めることを決定した。>
ぼくは、@Medium に肩入れしていたから(あれこれ注文していたのも、もっと良くなってほしいという気持ちの表れだった)、この決定には残念だし不服だ。けれども今一番悲しくて悔しがっているのはMedium Japanのスタッフだろうな。ぼくは引き続き何かと活用しようと思っています。

しかし、Medium本体は存続している。サービスが停止したわけではないし、この一年で結ばったフォロワー諸氏との間柄が切断されたわけでもない。関係は維持できる。ならば手放す謂れは何もない。

用心深い私は、Mediumに記した文章をダウンロードしたり「はてな」に抜粋を移植したりすると思う。が、今後も思いついた軽い内容の事柄を書き留めたり、毒にも薬にもならない身辺雑記を綴ったりする場所として活用するつもりだ。

それともう一つ、私は「鰯の英文練習帖(Sardine’s English practice note)」を立ち上げたばかりなのである。私はエディターとして、このパブリケーションの維持に努めなければならない。

As an editor, I must strive to maintain this publication.

きっかけは、英文の記事にresponseを送信し、それが大きな反響を呼んだからです。

ここで私は、日本語のMediumでは封印してきた政治的な主張を明確にしている。ちょうどいい機会だから、今の日本がどうであるか、自分なりの視点で、良いも悪いも交えながら、海の外に向けて拙い英文で発信してみようと試みる。先ずはサンフランシスコのエディター諸氏の目にとまるまで。Is not it a bad target?

さあ、第2章の始まりだ!(2017/02/21)

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